推薦文
多疾患罹患の管理を劇的に改善させる
「慢性臓器障害の診かた」
「慢性臓器障害」という聞きなれない用語に戸惑う必要はない.本書を特に薦めたい読者とは,1.総合診療とは何かがよく分からないという医師,2.総合診療を志す医師,3.総合診療医と接する機会のある臓器別専門医,4.臓器別専門医であるが臓器を問わずコモンな慢性疾患を幅広く診療する医師(開業医,小病院勤務医)だ.少なくても1〜4のいずれかに当てはまるならば,本書を紐解くだけの価値を感じ取れるはずだ.
総合診療医とは診断困難症例に立ち向かうスーパードクターだけを指すわけではない.外科医が皆,ブラックジャックではないのと同じだ.地域を愛し眼の前の患者さんに自らできる事は何かを悩み抜いた筆者が導き出した総合診療医の姿〜特定の疾患・臓器に特化せず,特定の患者集団を長期的・継続的に見続ける医師〜は現在最も必要とされている専門医の姿そのものかも知れない.総合診療医とはどんなエキスパートであるかを教えてくれる本書は,総合診療を志す医師にとって力強いエールとなるだろう.また,総合診療医との連携を図る専門医に読んで頂ければ,総合診療医との望ましい協働の在り方が分かるだろう.
既存の縦割りの研修では得られる事がなかった考え方「慢性臓器障害」が生まれたのは,研修指導に実直に取り組んできた筆者にとっては必然だったのかも知れない.研修医が縦割りで培った知識で一生懸命取り繕っても,横糸がない限り患者を掬い上げることは困難な症例を何度も目の当たりにしたのだろう.多疾患罹患のある高齢者の管理は大変難しく,bad endに終わることも珍しくはない.しかし,慢性臓器障害の考え方を持ち出すことにより,複雑に絡み合った頭の中のプロブレムリストを整理し,それぞれの疾患ステージに応じ力加減を調節することで,good practiceを生み出せるはずだ.読者の皆様には壮大な概念でありながら身近にも感じられる「慢性臓器障害」の診かた,考えかたを堪能して頂きたい.
2020年秋
洛和会丸太町病院 救急総合診療科 部長
上田 剛士
序文
本書のタイトルは「慢性臓器障害の診かた,考えかた」です.
この「慢性臓器障害」という単語は初めてみるので意味がわからないでしょうし,字面も漢字だけでとっつきにくいし,急性や重症でもないので地味そうに感じたと思います.
でもこの「慢性臓器障害」は,内科や総合診療を真面目に5年,10年と続けていれば必ず出会うCommon diseaseですし,うまく診られずに不幸な転帰をたどり,悔しい体験をすることになるPitfallだとも思っています.実際に私の経験でも,たくさんみてきた研修医達も,同じような場面で困り,迷い,失敗しながら立ち向かってきました.
「俺と同じ苦労をして成長していけ!」とは思いませんので,まだ若手の皆さんが効率よく診かたを学び,これから担当するであろう慢性臓器障害の患者さんに苦しい思いをさせないためにも,その診療の基本的な「考え方」をお伝えしたいと考えてこの本を書きあげました.
ちなみに,私が慢性臓器障害という存在に苦しめられ,足をすくわれ,悩まされ始めたのは,総合診療の専門研修が終わった後のことでした.
救急や診断学に強い初期研修で「患者が死なない」ための基本的な力は身につけ,都市部・僻地の大規模・小規模の病院で多彩な疾患をみた総合診療研修で「たいていのCommon diseaseはうまく診られる」という自信もついていました.その流れで,「病院に持ち込まれるあらゆる健康問題に対して,最後まで責任をもって診療をしたい」と考え,最低5年は異動・退職しない宣言をして継続的な外来でかかりつけ医としての診療を始めたのです.
そこで出会った,病気の特性も診療の仕方も知っているはずなのにうまく診られなかった患者たちはこんな人達でした.
・症状や身体所見から的確に疾患を見抜く力があるはずなのに,気付いたら終末期まで進行していて手遅れだった心不全や肝硬変の人たち.
・心血管イベント予防のエビデンスを完璧に把握して,アスピリンやスタチンやACE阻害薬を使いこなしていたはずなのに,心筋梗塞や脳卒中ではなく臓器不全が進行して仕事も生活もボロボロになっていく人たち.
・病棟で完璧に治療したはずのCOPDやCKDの急性増悪だったのに,退院後ずっと体調が悪そうだったり,すぐに再入院してしまったりが続き,やがて自宅退院できず施設送りになる人たち.
・臓器不全や癌や心血管疾患でずっと専門医にかかっていたのに,全身状態や認知機能の影響で「標準治療の対象外」とされたとたんに医療難民となり,総合医のもとに流れ着いても苦しみが取り切れないまま亡くなっていったあの人やこの人.
こんな人達は,現代医療の狭間に落ち込んでしまった「例外的で可哀想な人々」なのかなと最初は思っていましたが,3年,5年と同じところで診療していると,「決して例外ではなく,日常的にいつでもどこにでもいる人たち」に見えてきました.
ちょうどその頃に,「総合医はCommon diseaseのエキスパートなのでちゃんと診られるようになりたいが,病院や病棟のCommon diseaseとはなんだろう?」という疑問に突き当り,調べる機会がありました.そして私が経験してきた全症例や,国内で公表されている総合病棟や一般内科病棟のデータをみてみると,総合医ど真ん中な「診断困難事例」の割合は非常に少なく,「慢性経過をたどる臓器障害の急性増悪や終末期」が非常に多いことがわかりました.
そんな紆余曲折を経て,ようやく「慢性臓器障害が進行して不幸な転帰をたどるのは,日本において超Commonなできごとだ!」と認識できるようになりました.それからは関連するガイドラインはすべて目を通し,新しい文献も極力すべてキャッチアップし,日々診療スタイルを磨き上げてきました.徐々に手応えが感じられてきたため,研修医や多職種にも共有し始め,そこでの質問や抵抗と戦うなかで,わかりやすい教え方も見えてきました.
そうやって「日常診療で感じた無力感や悔しさ」を土台に,「日々出会う患者さんの苦悩が笑顔に変わる瞬間」を燃料にして,「慢性臓器障害の診かた考えかた」が出来上がり,こうして一冊の本になりました.
本音を言えば,全国の医学部を行脚してすべての医学生・研修医に直接伝えたいことばかりですが,体が一つしか無いためそれも叶いません.せめてこの本を熟読していただいて,日本の慢性臓器診療の向上を手伝っていただけると嬉しいです.
2020年 冬
札幌医科大学 総合診療医学講座
佐藤 健太
出版社からのコメント
『慢性臓器障害の診かた、考えかた』(著:佐藤健太)の完成・刊行を記念し、
本書の試し読みコーナーをnoteに設けました。
佐藤先生が提唱する診療フレームワーク「慢性臓器障害」の一端に触れてみてください!
noteの該当記事はこちら