はじめに
手に取っていただいてありがとうございます.
本書『時間軸で捉える血算〜線で考える〜』は,「血算を線で考えよう」という新しい切り口の本です.
疾患は時間の経過とともに変化します.血算もそれに応じて変化します.したがって,疾患への対処も血算の解釈も,時間軸の線を意識する必要があります.
本書は一般臨床医を読者対象にしています.
一般臨床医の視点で,「ある血算をみた時にどう解釈するのか」,「その疾患にどう対処すべきか」,「専門医に紹介すべきかどうか」について解説しています.
筆者は『誰も教えてくれなかった 血算の読み方・考え方』(医学書院)をはじめとして,いくつもの血算の本を上梓してきました.その多くは,時間軸の一点で血算を解釈する本でした.疾患の「病期」や「進行速度」によって,「血算がどのような変化をしてきたのか」,「今後どのように変化するのか」という動的な変化については,あまり言及しませんでした.
「疾患」と「血算」は,一対一で固定したものではありません.疾患は動的に変化し血算も動的に変化します.本書は,「疾患の変化による血算の動きを線で考えよう」という試みです.
以下にAとBの白血球増加の例を示します.どちらも自覚症状はありません.
A:WBC 14,500/μL(骨髄球0.5,好中球80.0,好酸球0.5,好塩基球3.5,リンパ球12.0,単球3.5%),Hb 13.6 g/dL,PLT 30.7万/μL
B:WBC 14,400/μL(好中球66.5,好酸球1.4,好塩基球0.5,リンパ球27.1,単球4.5%),Hb 15.0 g/dL,PLT 23.9万/μL
AとBの血算は,今後どのように変化すると思われますか.
Aは,白血球も血小板も増加し続け,数年後には致命傷になります.なぜなら,今はCML(慢性骨髄性白血病)慢性期の早期と考えられ,未治療だと数年後には急性転化期になると予測されるからです(15頁,74頁参照).
Bは,数年後も白血球分画正常で軽度の白血球増加のままだと予測されます.なぜなら,喫煙に伴う反応性の白血球増加症が疑われるからです(33頁参照).
血算は,臨床検査のなかで最も基本的な検査です.日常診療に非常によく使われます.血算ですべての疾患が診断できるわけではありませんが,「血算が診断のキーになる疾患」は少なくありません.それでは,「血算が診断のキーになる疾患」とはどのような疾患でしょうか.
CHAPTER 1に,その「血算が診断のキーになる疾患」をまとめています.それらの疾患を「緊急度・重症度」と「頻度」によって,I〜IV象限の4種類に分類しています.「緊急度・重症度」が高い疾患と「頻度」が高い疾患が重要ですが,20症例について解説しています.時間軸の一点だけではなく,疾患の進行とともに,血算が経時的にどう変化するのかを図で解説しています.
疾患は常に動いています.時間の経過とともに,疾患の「病期」は進行し「進行速度」も変化します.それに応じて,血算も変化します.
CHAPTER 2では,「病期」と「進行速度」によって,「血算の解釈と疾患の対処」がどう変わるかについて,9症例で解説しています.
疾患を診断するには,「病歴」,「身体所見」,「検査所見」を総合する必要があります.検査所見だけで,疾患を診断するわけではありません.それでは,どのような疾患でも,「検査所見」は「病歴」や「身体所見」と同程度の異常を示すのでしょうか.
検査所見の代表である「血算」の異常は,病歴の「症状」や「身体所見」の異常といつも相関するでしょうか.そんなことはありません.相関する時は多いでしょうが,明らかに乖離する時があります.
CHAPTER 3では,「血算」と「症状・身体所見」とが乖離する疾患について解説しています.症状・身体所見の異常が軽度なのに,血算の異常が高度な疾患があります.これらはとても見逃しやすい疾患です.その逆もあります.症状・身体所見の異常が高度なのに,血算の異常が軽度な疾患です.血算がどうであれ疾患は重症です.血算に騙されてはいけない疾患です.6症例について解説しています.
「血算を線で考えよう」というのは,「診断のなかに時間の次元を組み入れよう」ということです.「3次元ではなく4次元で考えよう」ということです.本書の野心的な試みが,先生方の診療に少しなりともお役に立てればと存じます.
最後に,本書のコンセプト作りからお世話になった中外医学社の桂 彰吾様,上村裕也様,長年勤務致しました聖路加国際病院の関係者の皆様に,この場をお借りして深謝申し上げます.
2020年 秋
元 聖路加国際病院血液内科/人間ドック科
西崎クリニック
岡田 定