序
この20年ほどの間に,神経科学の研究分野は途方もなく拡散し,今や一人の人間の能力ではその全ての領域を見渡すことなど,全く不可能になってしまった.ちょっと専門分野が違えば,まるで言葉の通じない外国に行ったようなもので,そういった違った専門領域の研究者ばかりが集まる学術集会に足を踏み入れたりすれば,それこそたちどころに異文化体験をすることになる.それどころか,自分の専門領域での専門用語だけしか知らなければ,失語症に陥ったのと同じである.そういった中で,本書のような総合的レビューの存在意義はどこにあるのだろうか.テーマの選び方,そしてその著者の語り方がうまくなければ,専門外の読者にとっては,ジャルゴンにしかきこえないかもしれない.そんな恐れを抱きつつ,2002年のAnnual Reviewを編集した.
私たちの基本的な方針は,最先端のものでありながら,しかも他の専門領域の研究者にも充分に興味をもっていただけるであろうテーマ,あるいは少なくとも神経科学を学ぶ研究者であれば最低限知っていただきたいと考えられるテーマを選び,そしてそれを,誰にでも理解できるように書いていただける著者を選ぶ,ということである.
本書は,必ずしも最初の項目から順に,ページを繰って読んでいただく必要はない.編者が望む本書の読み方は,以下のようである.読者の方々には,まず目次に目を通していただきたい.そこに書かれているタイトルをご覧になって,もし一度も聞いたことがない用語が使われているようであったら,まずその項目をお読みいただき,新しい言葉と新しい概念を学んでいただきたい.たとえそれが全く専門外の領域の話題であったとしても,それをよく知ることによって,そこから自分の専門領域の研究における何か新しいアイディアが生まれてくるかもしれないからである.次ぎにもし,自分はこれならよく知っているという,ご自分の専門領域のテーマを見出されたなら,その項目の著者が一体全体何をいいたいのか,どんなことを考えているのかを,充分批判的に読んでいただきたい.そして来るべきその領域の学術集会で,著者と活発に議論していただきたい.最後にもし,もうこんなこと誰でも知っているよ,と思われるような古いテーマを見出されたなら,そんな中で一体何が新しいんだろうという興味をもって,じっくり読んでいただきたい.そこには,読者の知らなかった,あるいは気がつかなかった新しい知識が書かれているはずである.
いずれにせよ,本書の目指すところは,読者の方々に,有意義な異文化体験をして頂くことである.それができれば,編者一同の望外の喜びである.
2002年1月
編集者一同