序文
スポーツは思春期から性成熟期,さらに更年期,高齢期の女性のヘルスケアにおいて身体機能の維持・増進,疾病予防等に大きく貢献し,予防医学の観点からも医療や社会の生産性に大きな役割を担うと考えられます.女性は,思春期には性ホルモンの影響により身体が大きく変化し,月経発来以降,月経困難症,月経前症候群,過多月経による貧血等の月経随伴症状や妊娠期・産後の身体の変化,更年期障害等,さまざまな女性特有の問題がみられます.これらの女性特有の問題は,女性アスリートのコンディションやパフォーマンスに大きく影響を与える問題です.また,昨今の調査結果から,障がい者の女性アスリートも同様の問題を抱えながら競技生活を送っていることが明らかになっています.女性アスリートをサポートする際は,これらの問題を理解した上での対応が必要であるとともに,アンチ・ドーピングの概念を念頭に置いた対応が求められます.
東京大学産婦人科学教室では,2017年4月に国立大学で初めてとなる女性アスリート外来を開設し,競技レベルや年齢を問わず女性アスリートの診療を行っています.受診する選手の現状をみると,最も多い主訴は無月経であり,特に持久系競技や審美系競技の選手に多い傾向にあります.目の前の競技記録を追求するあまり,ジュニア期から過度なトレーニングや減量により,利用可能エネルギー不足による無月経や骨粗鬆症,摂食障害を抱えている選手は決して珍しくありません.また,球技系や瞬発系,技術系,体重-階級制の選手では,月経困難症や月経前症候群等の月経随伴症状が問題となる傾向にあり,対策としてOC・LEPの服用を希望するアスリートは増えつつあります.
本書は,ライフステージごとにみられる女性特有の問題とその対策法を示し,さらに,女性アスリート特有の健康問題,競技特性別の傾向について,アンチ・ドーピングの概念も考慮し専門家に解説して頂きました.女性アスリートが健康で長くスポーツに参加できるよう,産婦人科医や整形外科医,心療内科医,栄養士等が連携し,長期的な視点での医学的サポートを期待するとともに,本書が女性アスリートのみならず女性全体のヘルスケアに貢献することを願っています.
2020年3月
能瀬さやか