序
インフォデミック.新型コロナウイルスのパンデミックに伴って生まれたこの事態が,まさに国民の,現場の医療従事者の混乱の要因になっている.
ワイドショーを見てしまうと,そこでは,もっとPCRを出せ,予防のために効果が不明な薬剤を出せと煽っている.真に受けた一部の国民は,必要性が低いにもかかわらず,医療現場で検査や薬剤を要求する.現場は大混乱だ.信用性の低い情報のために店頭からトイレットペーパーが消えたこともあったように,インフォデミックによる混乱は人を時に衝動的,攻撃的にする.医療現場は検査の感度が低いことは理解していても,世論を恐れ,検査を保健所や現場の専門家へ要求する事態となっていった.現場で患者を診療している私を含めたスタッフの本当のストレスはこの検査や薬剤を要求する空気であった.トレーニングを受けた専門家にとって,過重労働の疲労や感染をうけるかもしれない不安や恐怖よりもだ.
私はインフォデミックに対し,情報を整理して発信する必要性を感じた.CDC,WHO,トップジャーナルからの最新報告,そして厚生労働省や国立感染症研究所などの信頼性の高いリソースをもとに,私の感染症専門医としての感覚で,情報を整理して,SNSで定期情報を提供した.すると幸いにも多くの好意的な反響を得ることができた.この内容は日経メディカルにも取り上げられ,さらには株式会社ケアネットより特別講義の要請を受けて,収録し配信された.
本書はこの特別講義を元に書き下ろし,さらに出版時点での最新の情報を加筆して編集したものである.単なる情報の整理にとどまらない,より実践的な内容とするため,私の信頼する臨床家の一人である渋江 寧医師との症例検討も収載した.症例検討により,その情報を感染症の専門医は症例へどう利用するのかがご理解いただけるであろう.さらに私のSNSの情報をわかりやすいスライドにして配信してくださっていた山下貴史獣医師にも本書の編集に加わっていただいた.随所にちりばめられた山下獣医師のスライドは,理解が容易になるよう助けてくれることであろう.
2人のご尽力に心より感謝したい.
本書の内容が新型コロナウイルス対策の現場に立つ医療従事者はもちろん,インフォデミックに苦しむ方々に広く読んでいただけることを期待している.
私は仮に出演依頼されてもワイドショーの時間帯に毎日のようにテレビ出演する時間がない.現場の指揮や対応,そして情報の取得と整理に精一杯だ.マスメディアにおいてはできれば,このインフォデミックが現場の医療従事者を苦しめていることを知って報道に携わってほしい.もし医療従事者に少しでも敬意を抱いてくださりご支援いただけるならば,ワイドショーの煽り報道を控え,代わりに名作映画やスポーツ名場面でも放送いただく方が緊急事態宣言の渦中では世の中の役に立ったのではないだろうか.
最後に本書の出版にあたり,共に新型コロナウイルス診療にあたった現場の仲間,スタッフ,すべてに感謝を申し上げたい.
2020年6月
岡 秀昭