まえがき
医学のもっとも根本的な面として,現実に病んでいる人をいかに早く診断し上手に治癒に導くかということがある.病者は,現実の病気を早く治してもらいたいのである.
ところが,医学が専門化・細分化される傾向は日増しに強くなってきており,基礎医学に限らず臨床医学の方面にもおよんでいる.したがって臨床医でも,研修医時代を除くと自分の専門領域しかわからない医師が増加してきた.そして,多岐多様にわたる患者の症状や訴えを総合的に診断し治療することがなおざりにされている傾向がある.医学部やその附属病院・関連病院,などにおいてもまたこのことはかなり認められることである.
一方,病者として考えると,珍しい病気を見つけてほしいということではなくて,まず,ありふれた病気をきちんと診断し治療してほしい,珍しい病気と間違わないでほしいという要求が強いのである.
この点を考えて,多彩な病者の症状から分析して,いろいろな科や部から(各科的視点)それを捕らえようとした第1作がこれである.題して各科の視点シリーズ症状篇とでも言うべきものである.私たち編者も通読してみて,同じ症状に対して各科でこんなに考え方が異なるものかと思い,改めてたいへん勉強になった.
この本の執筆者が所属する東京大学医学部附属病院分院(東大分院)は中規模の病院であるが,非常に各科との間の連係がよく,困ったときはすぐ関連の科に相談に行くという習慣がある.今回の企画はある意味では,その日常を文字としたに過ぎないとも言える.
さてこの本の構成について少し述べる.非常にありふれた59の項目をとりあげ,まずもっとも関係の深い科がキー・レクチャーをする.次にそれに関係がある複数の科が短いコメントをつけるというスタイルとした.これは経験的に,ある症状があるときに一つの科の判断で治療するのはかならずしも適切ではなく,複数の科の先生が集まって,判断するとたいへんに良い結果が得られること,また,他科にコンサルトしたいと思ってもなかなか果たせず,その時期を失することもしばしばであること,などを我々は知っているためである.またこれは病者の利益にもなることである.
総勢100名以上の多数の執筆者となったが,あえて統一性を求めず,かなり自由な執筆態度とした.さらに最後に金言・格言のたぐいをのせた.昔からいわれている金言もあれば,自分たちの経験から作ったものもあるが,なるほどというような実に味わいの深いものになった.ぜひ読んでいただきたい.
現在の医学にもっとも欠けている総合的な医療の面から見て,この本の必要性と実用性は十分に感じられると思う.研修医の諸君はもちろんのこと,すでにベテランの先生方が知識を再確認し復習するためにも,お役に立つ一書であることを確信している.
1996年5月
大原 毅
早川 浩
藤田敏郎