序
「人生100年時代」というフレーズは,今日の高齢化社会を的確に描出しており新聞紙上等で目にしない日はないといっても過言ではない.
人生100年時代─高齢化社会を想定した生き方への関心の急速な高まりは比較的新しいが,社会課題としての問題認識は当然に以前から存在していた.国政レベルでは,平成7年に高齢社会対策基本法が成立し,翌平成8年には高齢社会対策大綱が策定された.平成24年の報告書取りまとめでは,「人生90年時代」への備えについて言及されている.マスコミの関心も高く,2012年9月10日付の日経ビジネス誌は100歳まで働かなければならない未来を想定した「隠居べーション」を特集し,その中で100歳のサラリーマンが紹介されている.その後,恐らく「人生100年時代」の本格的な到来は,2016年に出版されたリンダ・グラットン教授の「ライフシフト」(東洋経済新報社刊)であり,その達見は内閣府の人生100年時代構想会議で共有され,働き方改革を通じて施策提言されている.
従来,退職後の時間の過ごし方が社会的な関心の対象となることは少なかったのではないだろうか.生き方は当然に個別性が高いものであるが,急速に進展する高齢化社会ではそれは多くの人の関心事であり,したがって社会的な取り組み課題である.編著者らは,自身が退職前後の年齢に達したこともあり,日ごろから定年後の就労について意見交換する機会があった.それまでに集積した知識・技能を今の心身状態を介して社会にどう還元できるかといった話の中で醸成された問題意識を基に,第87回日本衛生学会学術総会(平成29年)で「高齢者の労働と健康」をテーマに自由集会を開催した.ここでは,科学的根拠が示されることなく社会慣習として運用される年齢による社会的帰属の変更,定年の問題点をおもに健康との関係性から考察した.その後,相応の時間経過の中でより広範な分野の専門家の知見等を集積して本編とすることができた.
本書が多くの人の中にある当事者意識を喚起するきっかけになれば幸いである.
令和元年/2019年6月
産業医,元福井県立大学看護福祉学部教授
垂水公男