序
この本は「この症状をどう診る」と言う本の続編である.この本を作った経緯はすでにその時述べてあるが,東京大学医学部附属病院分院に勤務している,あるいは勤務していた医療者達が,各科の垣根を取り払って,一つの疾患にあらゆる知恵を絞って治癒させようとする努力を書いたものである.そもそも,病気というものは,「こういう病気ですよ」「こういう病名ですよ」という名札をぶら下げて始まるものではなく,最初は誰にもその病態はわからないものなのであり,患者それぞれに異なるものである.病気にも個性があると言うことであろうか.医療行為とはそれらを,各方面から自分の知恵を出し合い,検査結果を勘案し,総合的に判断して治療するのがもっとも良いのである.その意味ではたとえば,内科とか外科とかにこだわらず,いろいろな知識を持った医療者が診察し,検討し,治療するのがもっとも良いわけで,それを具現したのがこのシリーズではないかと考える.
この本の母体となった東京大学附属病院分院(東大分院)はまもなく100年の歴史を閉じて,本郷の地の新病院と合体する.であるから,この本は東大分院のメモリアルと言ってもよい本であり,かつて,患者をそのように総合的に一個の人間として診療してきた病院が日本にも存在したという事実と,それを終わるときに当たっての後世へのメッセージであると考えている.
私は前書の「この症状をどう診る」を,付近の練馬区立小竹図書館に一冊寄贈した.専門書なので一般の方には読む人は誰もいないのではないかと思いつつ,時々その本の前に行くと,あにはからんや何度も借りだされており,ずいぶん需要が多いことがわかった.つまり一般書としても立派に通用することが判明し,これは大変な喜びであった.このような専門書を読んでくれるということは,医学知識が一般化したということのほかに,誰が読んでもその趣旨なり意図がよくわかるためであろうと理解している.そうであれば,次の本もたくさんの読者が読んでくれると思うし,できれば心からの希望であるが,こういう意図のシリーズがさらに続いてくれることを祈っている.
この本はもと東京大学分院小児科,早川浩教授の発案になり,その当時の分院長であった私がそれをまとめ,次期分院長川名尚教授(産婦人科),現分院長藤田敏郎教授(内科),久保木富房教授(心療内科),上西紀夫教授(外科)をはじめ分院医師100名以上の協力によってできたものである.目を通していただける方が一人でも多いことを祈りつつ筆を擱く.
1999年3月
大原 毅