序
平成9年に国民栄養調査とともに実施された糖尿病実態調査によると,わが国の糖尿病患者はHbA↓1c↓ 6.1%以上の患者で集計すると692万人で,糖尿病の可能性のある人を含めると1370万人に及ぶという.この数値は昨年夏のある朝の新聞の一面にトップニュースとして報ぜられた.国民,皆が知るべき重大な事実であるというわけだろう.しかも,一説によると,10年後には現在の2倍,1220万人になると推計する研究者もいる.
そうであるなら,糖尿病性腎症についてはどうなるのであろうか.
糖尿病性腎症による慢性腎不全のために透析療法を受けている患者の数は,先の集計と同じ年が39,350名で,全体の22.7%である.10年後には同じ倍率で増加するとして単純計算すると,7万人に近くなる可能性がある.現在の透析患者数は17万名であるから,大変な数ということになる.ちなみに,当の実態調査では,糖尿病が強く疑われる人のうち糖尿病治療中の人は45.0%であったという.すなわち,糖尿病患者の約1/2〜2/3は適切な治療を受けていないとのことになる.このことを考え合わせると,糖尿病性腎症は予想以上に増加するのかもしれない.このような現実は,患者個人の問題とか,純医学的な問題に留まるのではなく,本症がわが国の経済を逼迫させるやもしれぬという重大な意味を含んでいるのである.
このまま放置することはできない.なんとしても,糖尿病性腎症あるいは腎不全の発症進展を抑えたい.そのような思いが今回の企画の推進力になった.
本書には,一読してご理解いただけるように,腎臓病,糖尿病,栄養管理,看護などについて,それぞれ各自の本来の専門分野を踏まえたうえで,相手の専門分野にも造詣が深い方々が執筆者として参画下さっている.その結果,これまでの類書にはない内容に仕上げることができたように感じられるが,私1人の自惚れだろうか.本書が読者の期待に応え,糖尿病性腎症そのものの発生頻度に歯止めがかかれば,望外の喜びとするところである.
今日は,平成11年5月5日.連休の最後の日である.昨日まで2日間にわたって降り続いた雨はすっかり晴れ上がり,林間を吹きぬける風はまさに風薫る5月という素晴らしい1日だったことを最後に記して,序とさせていただくことにする.
1999年5月
佐中 孜