序 文
関節リウマチ(RA;rheumatoid arthritis)の治療成績は過去15〜20年で劇的に向上した.その背景にはメトトレキサートのアンカードラッグとしてのポジションの確立,生物学的製剤やJAK阻害薬などの強力な分子標的薬の登場,学会主導で進められた治療アルゴリズムの整備などがある.これにより以前は困難だった薬物療法による関節破壊の阻止が現実なものとなり,多くの患者で関節破壊の停止もしくは関節破壊速度の遅延化が得られるようになった.結果として関節手術件数は減少したが,一方で依然として外科的治療を必要とする患者も少なくない.もちろんRA治療の主役が薬物療法であることは論をまたないが,除痛,機能再建,整容を同時に図れる外科的治療は局所治療法として極めて有用であり,重要なRAの治療オプションであり続けるのもまた間違いない.
欧米ではリウマチ医と整形外科医の役割は明確に分かれており,整形外科医はリウマチ医から紹介された関節破壊を生じた患者の手術だけを担当するのに対し,日本では整形外科医自らがリウマチ医として自ら薬物療法を行うと同時に必要に応じ手術も行っている.リウマチ患者の日常診療を担い,日々患者と接していることは日本の整形外科系リウマチ医の大きな強みであり,薬物療法のドラスティックな進歩を目の当たりにするなかで,外科的治療もその進歩に応じて術式や適応を変化させるべきだという思いを強く抱くことができた.また,全身状態のコントロールが可能となったことで患者の側でも手術に対する考え方に変化が生じ,これまでよりさらに高いQOL(quality of life)を求めることも多くなってきた.こうしたなかで日本の整形外科系リウマチ医は疾患活動性の抑制を前提とした外科的治療の開発を開始し,以前はほとんど行われていなかったような手術が広く行われるようになってきた.しかし,残念ながら上肢,下肢,脊椎を網羅したRA手術の成書は長らく発行されてこなかったため,まとまった形で情報を得る機会は限られていた.そこで「RA手術の今」を切り取り,後進に伝えるために本書を企画させていただいた.
東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センターは1982年12月に当時としては珍しいリウマチ性疾患に特化した診療施設として開設され,内科と整形外科が互いに得意な部分を受け持って共同して診療にあたることを特徴とし,診療患者数,手術患者数ともに日本最多を誇る施設となるまでに成長した.長らく東京女子医科大学病院から独立した組織として運営されてきたが,2018年5月に東京女子医科大学病院に統合され,外科部門は東京女子医科大学整形外科に合併された.以前から脊椎手術に関しては東京女子医科大学整形外科に依頼してきたが,現在は1つの組織としてリウマチ性疾患のすべての整形外科的手術をカバーできるようになった.このタイミングで上肢,下肢,脊椎を網羅する本書を発行できることに大きな喜びを感じている.
外科的治療はさまざまな理由から標準化が難しい面があり,本書に記載の術式も必ずしもすべてが国際的に標準化された術式とは言えない.しかし,少なくとも国内で最も多くのRA手術を行っている診療施設の現状が語られている.薬物治療の進歩に合わせて刻々と変わりゆくRA手術だが,次代を担う先生方に本書で「RA手術の今」を学び取っていただければ幸甚である.
2018年7月
東京女子医科大学 整形外科・膠原病リウマチ痛風センター 准教授
猪狩勝則
巻頭言
生物学的製剤をはじめとする分子標的治療の導入によって,関節リウマチの薬物療法は大きな変革を遂げた.臨床的寛解,構造的寛解,機能的寛解を治療ターゲットとして日常診療を行うことが,正しい標準的治療であるということはリウマチ専門医に対して充分に教育され,広く認識されている.“Treat to Target”――この十数年間ずっと言われ続け,米国リウマチ学会や欧州リウマチ学会から推奨される治療戦略が提示されてきた.
しかしながら,日常診療がそのように画一的にはいかないのが臨床の現場であり,さまざまな理由で治療は筋書き通りにならないものである.生物学的製剤の使用が有効であると考えられるにもかかわらず,経済的な理由や薬物治療に対する偏見によって患者が拒否する場合,呼吸器,腎臓,肝臓などの合併症によって使用できる薬剤が限られる場合,明確な分類基準に当てはまらずに確定診断に至らない場合など,治療に難渋する場面は多い.また,医療についての情報が発達した現在においても,無治療のまま放置されている患者も珍しくない.臨床的寛解が得られており,主治医も患者本人も満足しているにもかかわらず少数の関節で炎症が残存している場合も多い.そのため,関節破壊と関節変形が発生する患者は未だに後を絶たない.
関節リウマチに対する関節手術の総数については,この10年で減少していると論ずる研究と変わっていないと論ずる研究が存在し,そのトレンドについては明らかでない.調査される国によっても異なるし,調査方法によっても結果が異なる.さらに,術式やインスツルメントの進歩によって治療成績が向上し,手術適応が変化してきている面もある.昨今の治療成績の向上によって,患者の要求もあがり,以前は手術が考慮されていなかった軽度から中等度の機能障害も手術適応となってきた側面もあるだろう.整形外科リウマチ医の仕事は減るどころか,ますます必要とされてくるだろう.大関節の置換術のみが主な手術だった時代は過ぎ去り,今や罹患される大小すべての関節と脊椎に対して,さまざまな術式が行われている.関節温存手術の適応も広がってきている.そのような手術療法の変革と進歩に対して,整形外科リウマチ医は常に情報をアップデートし,最新最良の手術療法のオプションを患者に提示できなければならない.整形外科リウマチ医が,内科系リウマチ医と異なるのは,手術療法を提示し,実行できることであり,その役割分担がリウマチ診療全体を質の高いものに組み上げていく.リウマチ診療において,内科と整形外科の緊密な連携は不可欠である.医師はリウマチの基本的治療に加えて,それぞれ得意な分野をカバーすれば良い.
膠原病,感染症,呼吸器,腎臓,画像診断そして外科治療.隙のない治療を患者に提供することを目指し,整形外科リウマチ医は,特にその使命である外科治療を極めていきたいものである.
2018年7月
東京女子医科大学 整形外科 教授
岡崎 賢