序
『Clinical Neuroscience』誌に「やさしい神経生理学.自律神経系」(佐藤昭夫, 著)が連載されて約20年になる.この連載は,自律神経系全般にわたる最新の知見をわかりやすい図と共に解説し,大変好評を得ていた.本書は,その内容にUp to dateな情報を大幅に加え,新たに書籍として刊行したものである.
本書は自律神経に関わり,自律神経を学ぶすべての人を対象とする.医学や看護などの医療関連分野,心理学,動物学,生物学など,少しでも身体の働きを学びたい学生にも理解ができるように,わかりやすい表現を心がけたつもりである.本書はテキストでありながら,二つのユニークな特徴を持っている.一つは新しい知識のみに偏らず,知識が導き出された歴史を少なからず取り入れている点である.自律神経生理学は,多くの人々が長い年月をかけて築きあげてきた学問である.今日に至るまでの道のりは尊いはずのものであり,若い人々にはそこから多くのことを学び取ってほしい.もう一つの特徴は,体性‐自律神経反射に関する記述を随所に織り込んでいる点である.この分野は前世紀後半より目覚ましく発展し,主要な研究に多くの日本人が貢献してきた.現在では,マッサージ・温冷湿布・鍼灸・按摩など,物理療法の重要な作用メカニズムの一つであることが証明されている.少子高齢化を迎える現代にあっては,保育や小児の発達,介護や認知症の予防といった方面においても,この反射がきわめて重要な関わりを持っていることが明らかになりつつある.体性‐自律神経反射は父・佐藤昭夫がその生涯を賭した研究分野でもあった.これらの研究は麻酔動物で得られた成果が多いために,まだまだ臨床に応用できる段階には至っていない.ただ,本書を読むことで,いささかなりとも医療あるいは社会の発展につながれば,甚だ幸いである.
執筆にあたり,多大なご協力とご支援をいただいた昭和大学医学部生理学講座教授・久光 正氏に感謝の念を表する.本書の内容校正にご協力いただいた鈴木敦子氏(健康科学大学教授),「やさしい神経生理学」で多くの図を作成された鈴木はる江氏(人間総合科学大学教授)に謝意を表する.執筆を通じて,長年自律神経生理学の発展と共に歩んできた佐藤優子(母)にその極意を学び,共に語り合えたのは大変嬉しい一時であった.振り返れば十数年前,自律神経系の講義を任されて戸惑っていた私に,「やさしい神経生理学.自律神経系」の解説記事を1枚1枚丁寧に綴じたファイルを手渡し,読むようアドバイスをくれたのが恩師・有田秀穂氏(東邦大学医学部名誉教授)であり,それが本書の執筆につながる出発点だったように思う.本書は中外医学社の格別なるご厚意なしには出版に至らなかった.刊行に際し終始ご尽力いただき,親身な励ましと適切なアドバイス,素晴らしいデザインと惜しみないご協力を一貫していただいた中外医学社取締役の小川孝志氏,企画部の鈴木真美子氏,編集部の中畑 謙氏,『Clinical Neuroscience』誌担当の西沢千鶴氏をはじめとする中外医学社の皆様に,心より深く敬意と感謝の念を表する.
平成27年夏
編者 鈴木郁子