序
今,本邦を始めとする先進諸国では“糖尿病放置病”が蔓延している.検診でせっかく早期に軽症の時期に糖尿病を発見されていながら,「食事や運動に気をつければいいだけか」と放置する患者が多い.一方,多くの医師も糖尿病放置病に罹っているかもしれない.症状がないから,血管合併症が全く発症していないから,血糖管理を今は厳格にする必要がない,と“放置”しているうちに血管合併症が徐々に進展し続ける.現在,糖尿病血管合併症の終末像を呈する患者があまりに多い.この20年間,全ての糖尿病患者で完璧な血糖管理がなされた,とは決していえないことから,今後も失明,透析導入,壊疽による下肢の切断は増え続けるであろう.私ども糖尿病専門医が,糖尿病発症直後の軽症の時期から積極的に治療しよう,と運動を展開している.
2型糖尿病はインスリン分泌不全とインスリン抵抗性が並存して初めて発症する.多くの糖尿病患者を長年にわたって観察していると,宿命的ともいえるインスリン分泌の特徴に気が付く.遺伝表現型として「食後の血糖値上昇に対応して瞬時に分泌されるインスリン追加分泌が欠如している,血糖値の上昇に遅れてインスリンが分泌される,分泌量も少ない」という特徴を有していても,糖尿病が発症するわけではない.発症前にはインスリンの感受性がむしろ亢進していて,糖のながれを正常化させている.やがて,インスリン感受性が低下するにつれて糖の処理が不充分になる.これを血糖応答の面から見ると,最初の異常として,食前正常血糖値,食後のみ短期間血糖値が高くなることが見られ,高血糖の持続時間が徐々に遷延し,やがて次の食前血糖値が高くなる,さらに12時間にも及ぶ絶食にもかかわらず,朝食前空腹時血糖値が高くなる.すなわち,空腹時血糖値が126mg/dl以上となって糖尿病と診断された時には,既に罹病期間が長くなっている可能性があろう.一方,肥満が糖尿病の引き金と捉えられがちだが,遅延して分泌されるインスリンが糖や脂肪を脂肪細胞に取り込ませることとなり,肥満を助長させる,と考えることができる.すなわち,宿命的なインスリン分泌動態が肥満を起こし,インスリンの働きを低下させ,糖尿病を発症させると考察できる.
早期・軽症糖尿病の病態把握・管理が,いま最も求められているのではなかろうか.
1999年9月
河盛隆造