2版の刊行によせて
先端医療だけではなく,日常臨床を含めた診療行為を広く包含する概念であるEBMにおいて,それぞれの診療行為の正当性,有効性を担保するevidenceを導きだす方法論の基礎をなしているのが臨床疫学である.その入門書として2003年の刊行以来,定評のあった本書の改訂2版が出版された.
2版では,新たに「コホート研究と慢性疾患」の章が追加された.コホート研究の位置づけはランダム化比較試験などの介入研究ほど高くはないが,糖尿病,高血圧などの慢性疾患の特性に関する多くの有益な情報をもたらすとともに,臨床医が遭遇する頻度の高い手法でもある.また,N-of-1トライアル,頻度・疫学指標,統計,医学判断学,メタアナリシス,リスク,治療の各章では初版以降の最新の知見が盛り込む改訂となっている.もちろん医師や医学生だけではなく医療系大学の学生が臨床疫学の基本を身につけることができる「わかりやすいテキスト」という本書のコンセプトはしっかりと踏襲されている.
日本の社会のあり方そして進む方向に大きな影響を与えた,いわゆる公害の原因も地道な疫学調査によって明らかになった(水俣病:メチル水銀中毒,イタイイタイ病:慢性カドミウム中毒,四日市喘息:硫黄酸化物による大気汚染).また2005年に2人の研究者がノーベル医学・生理学賞を受賞したピロリ菌の胃がんや萎縮性胃炎との関係も症例対照研究という疫学的な手法で証明されている.
このように医療に止まらず広く我々の生活そして社会に貢献している臨床疫学について,本書を通じて1人でも多くの方が興味をもち理解を深めるとともに,各自の研究手法として身につけていただくことを心から願っている.
2017年3月
国際医療福祉大学学長 大友 邦
2版の序
現在,医療界の大潮流になっているEBMの方法論の基礎をなす臨床疫学に焦点をあて,まとめた著書である.定義,歴史,現状,未来,頻度,疫学指標,統計,医学判断学,メタアナリシス,リスクなど多岐にわたる内容を,日本の現状を考慮して歴史的知見をも含めわかりやすくまとめた.臨床で役立つ,応用力が身につく入門書である.すでに初版出版から十数年を経ており,この分野も大きく変貌してきた.初版,増補版の好評を受け最新情報を織り込みまとめた改訂版である.
また,疫学と臨床医学をリンクし拡大していく臨床疫学は今後も大きく発展していく分野と考えられる.またその発展形であるEBMも今後ますますの拡張が期待される.EB(Evidence-Based)の考え方は医学,歯学,薬学,看護学,理学療法学,作業療法学などに限らずそれらを包含したさらに広範な分野で必要な考え方である.
今回はこの著書でも,その辺に留意し,特に6章 N-of-1トライアル,9章 医学判断学,15章 治療,17章 コホート研究と慢性疾患,などには多方面の新知識を盛り込んだ力作である.
手元に置いていただき,末永く活用していただくことを要望する次第である.
2017年3月
縣 俊彦
初版の序
今や医療界はEBM(Evidence-Based Medicine)の大ブームといった感がある.編者らがEBMの紹介,啓蒙活動を始めた10年前には「つまり,EBMというのは単なる臨床疫学の言い換えね」といった批判が多く,カナダの地方都市の新興大学医学部で始められた運動が,現在のような世界的潮流になるとは誰も想像していなかった.EBMとはあやふやな経験,直感にたよらず科学的evidence(根拠)に基づく最適な治療,予防法等選択の方法論で,臨床疫学を患者個々の臨床問題解決のために再構成した実践活動と表現される.この活動はMacMaster Univ. Hamilton Canadaで1991年に提唱され(Guyatt GHらに聞くと1990年には内科レジデントプログラムで実施されていたとのことである),1993年以降のEBM Working-GroupのSackett DL,Hyanes RB,Guyatt GHらの活躍で瞬く間に医療界を席巻した.
EBMとは,個々の患者のケアについての意志決定の場で現在ある最良の根拠(evidence)を良心的に,明らかに理解したうえで慎重に用いることであり,哲学的起源は19世紀中頃のパリやそれ以前にさかのぼるとされている(Sackett DL,1996).EBMの実践とは系統的研究や臨床疫学研究などより適切に利用できる外部の臨床的根拠とひとりひとりの臨床的専門技量を統合することと定義することができる.
この「EBMとは臨床疫学を患者個々の臨床問題解決のために再構成した実践活動」の「臨床疫学」という用語は,Paul JRが1938年に米国臨床検査学会で,「clinical epidemiology」という題で講演した時に最初に使用したとされており,70年の歴史をもつ研究領域である.この臨床疫学という領域は,ある意味細々と,専門家によって研究を進められていたが,EBMと置き換えられたと同時に耳触りの良さ,学問の香りが世の医療関係者の好奇心をくすぐり,あっという間に全世界レベルで,医療界全体を席巻した.
疫学と臨床疫学の関連を見ると,疫学とは,人間における疾病の分布と頻度の決定因子を研究する学問,健康関連諸問題に対する有効対策樹立のための科学であり,英語のepidemiologyはepi=upon(〜の上に),demos=people(人),logos=study(研究法,学問)で「人の上に起こること(健康事象)の学問」と考えられよう.一方,臨床疫学とは,疾病の転帰の分布,頻度の決定因子を研究する学問で,疫学方法論の臨床医学への応用といわれるように,臨床医学と疫学を融合させた学際的研究分野といえよう.
本書は現在,医学界の大潮流となっているEBMの方法論の基礎をなす臨床疫学に焦点をあて,定義,歴史,現状,未来,診断のプロセス,N-of-1トライアル,頻度,疫学指標,統計,医学判断学,メタアナリシス,リスクなど18章に分け,日本の現状を充分考慮して,その領域の専門家にお願いし,解説したものである.軽く一読していただくと,臨床疫学の原則が理解できるよう記述してあり,詳細に検討しながら読み進むと臨床疫学の奥深さも理解いただけるよう記述してあるので,2通りの読み方が可能と思う.
また,本著は数名の著者で記載しているため,用語の統一,一冊の本としての流れの一貫性などには編著者,分担著者が細心の注意を払った.しかし,編集・校正期間が短かったため,不完全の部分があるやもしれない.この点に関しては読者の皆様方の忌憚のない御意見をいただきたい.
また,類似した図表が何カ所かにみられるが,これは1カ所にまとめるよりも,適宜必要箇所で参照できた方が煩雑さがなくなり,理解を助けるものと判断したので,そのような形式とした.これらの点に関しても読者の皆様方の御批判,御意見をいただきたい.
本書を執筆するにあたり,中外医学社の小川孝志氏に非常にお世話になった.また,東京慈恵会医科大学大学院松平透医師,西岡真樹子医師,佐野浩斎医師をはじめとする皆様にも多大な協力とご援助をいただいた.また,資料整理,イラスト作成などにおいては,縣千聖氏,縣賢太郎氏に大きな援助をいただいた.ここに記して感謝の意を表したい.
2003年11月
縣 俊彦