序
近年,医療の高度専門化に伴い,医療の専門分野や業務の細分化がもたらされ,一方で医療の統合,総合医療の重要性が指摘されつつも,各医師の知識や技術が「深く,狭い」方向に向かいがちな傾向も見られるようです.例えば病理診断を臨床医が受け取る際も,単にその文面のみで治療法を決定し,そしてその後の臨床の情報も病理医には届きにくい現状がみられ,常々「病理医と臨床医の双方向的協調」は専門分化が進むほど必要性を増す,と考えて参りました.例えば,病変における適正な生検部位の選択などを含む術前生検の精度向上をはかるには,私たち臨床医もミクロ(病理)のある程度の知識をもっていることは必要欠くべからざる要件と考えます.そして肉眼像からもミクロの像をイメージする確かな眼を持つことです.そのような観点からの「マクロとミクロの接点」が今日さらに重要性を増しているものと信ずるものです.
一方,ここ数年の目覚ましい機器開発の進歩により拡大内視鏡などミクロの像と対比可能な病変観察の方法も開発されて参りました.将来ある種の病変では生検が必ずしも必要でないような局面を迎えるかもしれません.そのような意味における「マクロとミクロの接点」を学ぶことも今日的に重要なテーマの一つと考えます.
この観点から本書のテーマである「食道表在癌」について考えますと,かつては,食道癌と言えば,その大半が進行した状態で発見され,その予後はきわめて不良なものでしたが,各種診断技術,特に色素内視鏡などの発達と普及により,早期病変の発見の機会も飛躍的に増し,治療法の進歩とあいまって,いわゆる「難治性癌」から「治り得る癌」に変わりつつあります.このように表在癌,就中,「早期癌」の増加は,病理学的検討や遺伝子学的もしくは分子病態学的検討を,さらに推進することに大きく寄与し,食道癌の発生や進展,それにかかわる因子などが明らかにされ,癌の病態の解明と,予後予測など臨床の現場に貢献する多くの知見をもたらしました.このような,「基礎研究」と「臨床医学」の広い範囲でのグローバルな「双方向的」な情報と成果の共有の中で核心的な役割を果たしてきたのが,前述した「肉眼的」形態学と「組織学的」それとの双方向的検討であります.内視鏡観察も従来の通常観察,色素内視鏡に加え,拡大観察や特殊光観察により,さらに組織所見への距離をなくすところまできています.
本書では食道表在癌,とくに早期病変における内視鏡所見と組織所見の「双方向的」対比に基づき,食道癌の診断と治療のstrategyを探るべく,この分野の泰斗の方々に最新の知見を解説していただきました.
本書が,食道癌の診断と治療の最新の道{みち}標{しるべ}となり,多くの臨床に携わる医師,そして基礎研究を推進すべく力を尽くしている医師に有意義な書となることを心から切望し,また「食道癌」という「各論」から,消化器癌もしくは「腫瘍」総論全体を考える「よすが」となることも合わせて心に置きつつ,巻頭のことばと致します.
2015年8月
群馬大学大学院病態総合外科(第一外科) 桑野博行