序
脳神経外科学は、昭和30年代から急速に普及したモーターライゼーションにより、交通外傷が多発するようになったことを受けて、昭和40年(1965年)、一般外科から分科、独立する形で誕生しました。一般外科に対する高度専門領域として誕生しましたので、早くから専門医制度が整えられ、その試験は我が国において最も難しいものとして知られています。それゆえ、それを突破した私たちは専門医であることをとても誇りに思い、高いプライドを持って診療にあたってきました。専門医のほとんどは、何十年たった今でも試験日の情景をありありと思い出すことができますし、試験官が誰であったかも記憶しています。
しかし高度専門領域と考えられてきた脳神経外科学も、今や外科や麻酔科と同列の基本診療科として再編される流れとなり、外科学の一専門分野としての扱いではなくなります。かつては脊髄外科や血管内治療なども基本的技術は脳神経外科学の習得科目に含まれていましたが、技術分野も脳血管内治療、脊髄脊椎外科、てんかん、内視鏡など多くのサブスペシャリティー専門医制度が誕生しています。今後は脳血管外科専門医や脳腫瘍外科専門医、神経減圧術専門医などもできてくるかもしれません。
このようなサブスペシャリティー専門医制度の是非は別として、このような状況下では、ふつうの脳神経外科専門医認定にはどの程度の技術レベルが求められているのか、わかりにくくなってきました。そこでもう一度基本に立ち返り、脳神経外科専門医として習得すべき技術範囲を考えてみたのが『脳神経外科手術スキルアップガイド』です。
本技術書は、研修医が学ぶべき皮膚切開・縫合や慢性硬膜下血腫、シャントなど本当のベーシックな手技から、基本開頭術、頭蓋底開頭、基本的な脊椎外科や血管内治療まで、専門医をちょうど取得した卒業後7年目程度の若手脳神経外科医ができなくてならない手技をピックアップし概説しました。
内容や術中写真、イラストは実際にその手技を行っている福井大学脳脊髄神経外科の若手の先生に作成をお願いし、最後に全原稿を私がチェックしました。多くのイラストとサイドメモによって、初心者が陥るピットフォールをできるだけ浮き彫りにしました。またその回避法は、なぜそうすべきなのかをできるだけ論理的に説明したつもりです。もちろん流儀は多数ありますので、ここに記述した以外にもよい方法があると存じます。その場合は、指導医の先生とよく相談し、自分で納得した方法を習得してください。本書により、若手脳神経外科医の先生が少しでも臨床が楽しく感じられ、より手術が好きになってもらえるなら、これに勝る幸せはありません。
2015年8月
菊田健一郎