序
皆さんがこれから看護しようとしている患者さんも,いや,あなた自身さえもあなたの脳が神経系を介し指令が手足をはじめとした運動器に伝え,体が動くことは知っていると思います.また,あなたが痛いとか痒いとかいう感覚もすべて神経系を伝わって脳に信号が送られます.神経系は人間の体にはなくてはならない重要なネットワークですが,神経内科はその神経系の異常,すなわち神経の病気を診る科ということになります.
そもそも,神経内科は内科,場合により精神科のから発展,分化してきたもの,脳神経外科は外科を基盤に分化してきたものです.
特にこれからの専門医制度のありかたにおける指針では神経内科は内科の修練を得たうえで,神経内科の専門医となります.一方,脳神経外科は,初期臨床研修のあとすぐさま脳に関する外科処置の専門家となります.
巷では神経内科とは,神経科と間違えられやすいのですがまったく違います.繰り返しますが,脳・脊髄・末梢神経などに起こる病気,たとえばパーキンソン病やアルツハイマー病といった疾患を治療するための診療科です.脳や神経への治療になるため,非常に高度な診断・治療が行われることが多く,脳卒中やてんかんなど緊急入院も珍しくありません.
脳外科との大まかな区分けとしては,頭部外傷,頭部・頸椎の手術を伴う疾患は脳神経外科で,神経変性疾患,脱髄性疾患,脳神経系すべての感染症や筋肉,末梢神経に関わる疾患は神経内科です.すなわちパーキンソン病,運動ニューロン疾患,脊髄小脳変性症,筋ジストロフィー,髄膜炎は神経内科で診療しています.またいわゆるcommon disease(非常に多い病気)のアルツハイマー病などの認知症,てんかん,片頭痛などはどちらかといえば神経内科の守備範囲です.ただパーキンソン病やてんかんの場合,機能外科という立場から外科的手術が行われることもあります.同じcommon diseaseでも脳外科・神経内科のどちらでも診療対象としているのは,脳梗塞・脳出血などの脳卒中です.
神経内科に勤める看護師の仕事内容は,患者さんの検査の準備,治療法を含めた家族への説明,診察の介助のほか,患者さんの介助・介護が主です.神経内科で診る患者さんは,往々にして体の自由を奪われています.そのため治療を行った段階でもまだ体の自由がきかず,介助を受けながらリハビリテーションを行い,徐々に通常の生活に戻していくこともしばしばあります.寝たきりだったり,意志疎通ができない患者さんも多く,看護師がその意思を汲み取って動くことも求められます.患者さんが何を望んでいるのかを判断するのは難しいのですが,慣れてくればある程度わかるようになりますし,たとえば言葉のない状態で意思の疎通ができると,一気に患者さんとの距離が縮まり,看護師としてのやりがいが形成される場合も多いようです.
一方で,寝たきりの患者さんの介助も必要でもあり,神経内科の看護師はある程度腕力も必要です.また,看護の本質に則った,食事や排せつなども看護師がサポートすることが多くなり看護師自身が疲れてしまうこともあるようです.
せん妄や認知症の患者さんを看護する場合,離棟に対する注意を払ったり,場合によっては家族へのインフォームドコンセントの後,身体拘束を余儀なくさせられることもあります.
さらには運動ニューロン疾患,脊髄小脳変性症,筋ジストロフィーなどの難病では医師と同席のうえ,たとえば治癒の可能性のない人へ人口呼吸器を装着するか否かなどの,いわゆる究極のインフォームドコンセントになくてはならない存在になるケースもしばしばあります.
神経内科を学ぶことの意義は,これからの超少子高齢化において非常に多くなる(場合によっては50%を超える試算もあります)神経疾患の診断・治療・看護を学べることにあります.実習では神経疾患患者に対する高い看護スキルを身につけることができるということです.前述したとおり脳や神経を扱う神経疾患は今後どんどん増え続けるばかりでなく,医療の最先端ともいうべきところで,常に最新の技術が導入されています.当然看護師もこのような技術や医療に関する勉強会が行われるなど、新しいスキルを身につけることが求められるのです.大変ですが,将来最先端医療に関わることができ,やりがいを感じやすいといえます.
基本的な知識を得たうえで,臨地実習が始まってから経験することですが,患者さんの回復を実感しやすいのも神経内科の特徴です.たとえば,脳卒中で緊急入院,t-PAという血栓を溶解するお薬を緊急投与した患者さんで,最初は体もほとんど動かせず,喋るのもままならない状態だったのが,治療やリハビリテーションを進めていくにつれて喋れるようになり,歩けるようになって徐々に元気になって退院していくのを見たとき,看護師になるモチベーションが最も高まるという人もいます.
神経内科で働く看護師になった際には,体力的にハードだったり,患者の病状の急変が起こりやすかったり,さらには,どうしても残業が多くなってしまうなどの問題が生じます.しかし,これこそが,あなた方の未来の糧となることは確実であると信じます.
本文でも述べていますが,超少子高齢化を迎えるこれからの日本で,最も重要な疾患のひとつであり,かつ最新技術がどんどん開発される神経内科疾患を学んでおくことは,日本全体の医療を見渡すだけでなく,あなた方の家族がこの病気に恐らく直面することから,絶対に重要ですので,ぜひこの教科書で学んでください.
2016年1月
獨協医科大学神経内科 平田幸一