この度,待望の『未破裂脳動脈瘤Japan standard』が発刊の運びとなりました.待望という意味は,世界に類が無い書であるからです.本書には,日本が未破裂脳動脈瘤を世界に先駆けて経験し,研究してきた成果が網羅されています.脳卒中専門家のみならず全ての臨床家が手元に置くべき書です.
脳卒中はいまだ国民病です.脳卒中は昭和56年に日本人の死因の第1位でなくなり,現在では第3位に位置しているとはいえ,介護原因の第1位はやはり脳卒中です.脳卒中のうちでも完全回復の率が低い疾患が破裂脳動脈瘤です.日本の医療成績の結果は,先進国の集まりであるOECD(Organization for Economic Co-operation and Development)の報告でも世界1位の成績を上げています.しかし,日本の脳卒中医療者はこの成績に満足せず,さらなる一歩を踏み出しました.世界に先駆けて,脳動脈瘤が出血する以前に安全に治療し,破裂脳動脈瘤疾患の減少を試みました.合わせて,本書にも原稿を寄稿されていらっしゃいます端 和夫先生などの日本脳神経外科学会の先輩たちが,世界で唯一の脳ドックの医療も開拓いたしました.20世紀末には日本から世界的な脳神経外科の学術雑誌に未破裂脳動脈瘤の治療成績が掲載されました.その時の反応は必ずしも良い反応ではありませんでした.死亡例まであり批判がありました.破裂脳動脈瘤と比較すればずば抜けた成績だったのですが,病気を発症していない人の治療成績にしては良好ではなかったからです.さらに,他疾患での死亡例で未破裂脳動脈瘤がある報告までなされました.未破裂脳動脈瘤を全て治療すれば破裂脳動脈瘤症例が減少するという仮説が揺らいだのです.未破裂脳動脈瘤の自然歴が未解明だったために生じた問題でした.日本脳神経外科学会は,本書の編集者のお一人の森田明夫先生などを中心に,全ての日本脳神経外科学会員の協力のもと,未破裂脳動脈瘤の自然歴の解析を行いました.その結果,多くの面で未破裂脳動脈瘤の病態が解明されました.
どの疾患もその病態が完全に解明されていないのと同様,未破裂脳動脈瘤も全てが解明されているわけではありませんが,本書には,現時点で解明されている全てが記載されています.破裂脳動脈瘤に罹患された患者さんは,身体だけではなく社会的にも大変な影響を受けます.全ての臨床家が本書を手元に置けば破裂脳動脈瘤を適切に減少させるのに必要な知識が得られ,一人でも破裂脳動脈瘤が減少することに貢献できると確信いたします.