序
心臓血管外科手術に用いられる人工心肺を装着される患者の皆様の願いはひとつ.それは病気を克服し,健康な暮らしに復帰することです.しかし,万一体外循環にトラブルがあれば,健康を取り戻せないどころか生命の危機ともなります.私達は,「体外循環を安全に行うことができないのなら,それを使用した手術は実施するべきではない」と考えています.体外循環には確かに危険因子が数多く存在しますが,安全性を高めることを第一目標に掲げれば,危険を回避することは可能なはずです.
あるベテランの技師長さんは,人工心肺操作を自動車の運転に例え,「貯血槽はフロントウインドウ,血圧計はスピードメーター,流量計と圧力計はサイドミラーだと思うこと.車の運転中にサイドミラーなどに注意を払いつつ前方から目を離さないのは,事故を起こせば自分の命に係わるからである.自分あるいは親の体外循環を行っていると思って人工心肺を安全第一で操作しなさい」と指導していました. 非常に解りやすい説明です.解説は解りやすく,また現実的でなければ意味がありません.私達も本書の執筆にあたってはこの点を踏まえ,図や写真,具体例を多く交えて解説しました.
本書は,著者らが 2006 年に出版した『人工心肺トラブルシューティング』(中外医学社)の改訂第 2 版です.最新の情報に加え安全対策の Q&A(第 7 章)を新たに加筆しています.本書は,体外循環の安全管理を主な内容として,臨床の最前線で働く心臓外科医と体外循環技士が,実際に実行して成果をあげている安全対策について具体的に記載した「安全のためのガイドブック」です.また好評を頂いております『人工心肺ハンドブック』(中外医学社)の姉妹本でもあります.本書が医療安全を通して,体外循環担当者だけでなく,心臓外科医,麻酔科医,手術室や集中治療部の看護師,体外循環システムや材料の研究開発者,医学・医療を志す学生諸氏,そして患者の皆様に少しでも役に立つことができれば幸いです.
2014 年 4 月
著者