序
感染症は常に変貌している.
19世紀の最後の10数年間に,一部の例外を除いて今日の病原細菌のほとんどが発見し尽くされた.
20世紀には,さらにウイルス学の急速な進歩により,新しい病原ウイルスが次々に発見された.そして医真菌学,原虫・寄生虫学の進歩ともあいまって,感染症に対する治療法,予防法,免疫療法,消毒法などが著しく進歩した.
とくに20世紀後半は,優れた抗菌薬が次々に臨床の現場に登場し,抗菌化学療法は完成の域に達したといっても過言ではなくなった.また病原体検査のための自動機器や迅速診断法,遺伝子診断法などもルーチン検査の中で行われるようになった.一方,感染症は.宿主-寄生体関係 Host-parasite relationship の崩れから引き起こされる.20世紀後半の医療の進歩は,一つは抗菌薬の普及とともに病原菌に変化をもたらし,一つはカテーテル処置や複雑な外科療法など高度の医療技術が広く行われるようになって,感染を引き起こす場を多くもたらした.もう一つは免疫抑制療法,抗菌化学療法などの進歩によって宿主側の変化,コンプロマイズドホストの増加をもたらした.
これらは,菌交代症,耐性菌感染症,病院感染,日和見感染といった新しい感染症の概念を生み出した.また,交通網の発達や社会経済の発展さらに風俗の変化によって輸入感染症,人畜共通感染症,性感染症などがクローズアップされてきた.
20世紀の最後の10年間には,新興感染症 emerging infectious disease,再興感染症 re-emerging infectious disease という言葉も定着してきた.
このような感染症の変貌に対応して,1999年4月に「感染症新法」が新しく制定され,それまで施行されてきた伝染病予防法,エイズ予防法,性病予防法は廃止された.
21世紀に入った今日,さらに未知の病原体や感染症が出現する可能性があり,まだまだ感染症の様相は変化し続けていくであろう.
本書は,このような感染症の変貌に対応して,up-to-dateな情報を取り入れ,ベッドサイドでの診療に役立つ手引書として,第一線で活躍されているエキスパートによって執筆されたものである.
各科の臨床医家,勤務医,研修医が要に応じて本書をひもとき,その要点を確かめる必携書として広く利用していただければ幸いである.
2001年1月18日
那須 勝