序
がん治療の分野は,分子生物学,医用工学,製剤技術などの進歩の影響を直接的に受け,近年大きな進展がみられています.特に,分子標的治療薬の開発により,多くの領域で生存期間の延長がもたらされています.
その効果を最大限に生かすために,個別化治療という従来のがん治療の概念とは異なる治療法が基本となってきています.もう一つの分子標的治療薬の特徴は,副作用の多様性であります.従来の抗がん剤は,細胞周期に関わるという共通点を持った作用で効果を発揮してきたため副作用も比較的限られたものでした.しかし,分子標的治療薬は,その局面に至る過程(シグナル)を制御することで効果を示すため,その作用シグナルの差により副作用が多彩となります.この多様で微妙に異なる副作用は,医療従事者にとり,厄介なものとなっていますが,その薬剤の副作用を熟知し上手に乗り越えることは,その薬剤の効果を最大限に引き出す重要な技術となっています.
このような分子標的治療薬の特徴は,医療現場のチーム医療の必要性をクローズアップしています.この状況下で,がん治療チームの力量を育み,職種間で密接な意志疎通を図ることは重要なステップとなっています.
「医師,薬剤師の情報の共有化をはかること」
本書刊行の目的は,臨床上で日常的に直面する多彩な問題について,「医師,薬剤師の情報の共有化をはかること」です.
そのため,一般的な適応,効果,副作用,用法・用量をまとめるとともに,「減量方法」「使用のコツ」「薬剤師が注意すべき点」「耐性」など,特徴的な項目を追加し,医師,薬剤師の視点を意識して,ご理解いただき易いよう工夫しました.また,「臓器別分子標的治療薬の位置づけ」という項を立て,臓器別に整理し,リスクベネフィットバランス判断の一助になるような構成としました.
「薬剤師,医師の共同執筆」
その他,今回の出版に際しまして特に配慮した点として,チーム医療現場での問題に対する視点をよりしっかりと共有するため,それぞれの領域で気鋭の「薬剤師,医師の共同執筆」をお願いしたことがあります.その結果,がん治療の現場で大いに参考にして頂ける内容の一冊になったと確信しております.
医師,薬剤師に限らず,幅広い医療従事者の皆様にとってもこれら職種の視点を理解するのに役立つと考えます.是非,皆様にご活用いただいて,治療効果を適切に引き出し,患者の副作用による苦しみを少しでも軽減できることを願います.
2014年5月
日本医科大学大学院医学研究科呼吸器内科学分野主任教授
弦間 昭彦