序
病態生理学は臨床医学の基礎といっても過言ではない.診断や治療の過程で病態生理の一般的な知識が必要であり,また一人一人の患者に特有の病態生理を正しく理解して,はじめて適切な診療となるからである.
わが国に病態生理学の概念が本格的に導入されたのは戦後であろう.SodemanのPathologic physiology-mechanisms of disease(1950年初版)という単行本が学生達の間でもてはやされたのは,昭和30年代以降のことである.その基礎になっていたのは,当時アメリカを中心に目ざましく発展を遂げた生理学,とくに応用生理学の知見であった.その後,生理学ばかりでなく生化学や細胞・分子生物学が勃興し発展を遂げ現在に至っている.最近では病態生化学,病態分子生物学,分子生理学と呼ばれる新しい分野が目ざましく進歩して,広い意味の病態生理学を形作っている.
このような現代にあって,臨床医は診断や治療の面はもちろん,病態の理解について最新の知識を患者に応用することが求められているように思う.その時,病態生理学の知識を正しく理解した上で患者に対応する医師と,そうでない医師の間に自ずから落差とでも言える違いが生まれる.
本書は,内科臨床で直面するさまざまな症候の一つ一つについて病態生理を最新の知見に基づいてできるだけ易しく解説しようとした.フローチャートを中心に理解を助けようと計画したもので,単行本としてはわが国ではじめての試みではないかと思う.フローチャートを使うことはもちろんメリットとデメリットがある.しかし,病態生理のように一つの現象から次の現象が引き起こされ,他の現象がその過程に影響し一つの症候を形成していくといったかなり複雑な機序の説明には,フローチャートが適していると思う.一部の解説や教科書には文章だけでなくフローチャートが使われているのはこのメリットを生かそうとしたものであろう.デメリットとしては,現象を単純化せざるを得なかったり,機序の表現法に執筆者の考えや好みが影響することなどであろう.フローがつながらないように見えたり理解できない時は,さらなる研究のモチーフになりうるというメリットもある.
いずれにしても,本書は“一つの試み”という面を含んでいることは否めない.今後,読者の皆さんから意見や感想を頂いて改良を重ねていきたい.最後に,工夫のいる原稿執筆を引き受けて頂いた執筆者各位,本書のアイデアから出版まで終始真摯な努力を払って頂いた中外医学社の荻野邦義,秀島悟両氏に感謝の意を表したい.
平成7年12月
川上義和
丸茂文昭
朝倉均
田代邦雄
溝口秀昭