まえがき
本書のタイトルは『症例から学ぶ輸入感染症A to Z』です.最初にお断りしておきますが,看板に偽りあり,です.本書は輸入感染症のすべてを網羅しているわけではありません.実臨床で遭遇する頻度が高い疾患については網羅していますが,無鉤条虫症やスナノミ症などの疾患は扱っていませんし,MERSやインフルエンザH7N9などについても触れていません.読者の方が「過大広告だ!」と訴訟を起こされる前に自己申告しておきたいと思います.
本書は「日本で」輸入感染症を診療する際の一助となることを目的として作成いたしました.熱帯感染症やトラベルメディシンの良書はすでにたくさんありますし,私ごときがかなうべくもありません.また,日本国内には私よりも熱帯感染症やトラベルメディシンの造詣が深い先生がたくさんいらっしゃいます.しかし……しかし,なぜ私が本書を書くに至ったかと申しますと,こと「日本で輸入感染症を診る」という点においては,それなりに自負があるからであります.アフリカで診るマラリアと日本で診るマラリアは同じ感染症であっても違います.それは診断へ至る過程の鑑別疾患であったり,検査方法であったり,また治療方法であったり.この本は「日本で」輸入感染症をどう診るのかという視点から書かれており,同じく日本で実臨床をされている臨床医の先生方のお役に立てるのではないかと思っております.
実は本書を書き始めたきっかけは,国立国際医療研究センター国際感染症センター(DCC)で出版予定の『グローバル感染症マニュアル』という本のコラムでした.そこで本書のような「症例から学ぶClinical Problem Solving形式」を取り入れてみたのですが,どうにも前衛的すぎたのか編集者の方に「ちょちょ,ちょっとこれは……(絶句)」ということで不採用になってしまいました.危うくお蔵入りになりかけたところに,中外医学社の岩松さんが「いいですね!」と言ってくださりトントン拍子に書籍化ということになってしまいました.中外医学社の英断(なのかどうなのかわかりませんが)に感謝いたします.本書を書き始めたのは2014年12月ですが,あまりにトントン拍子に進みすぎたため,元々の『グローバル感染症マニュアル』と発売時期が被りそうなのでちょっと気まずいのですが,『グローバル感染症マニュアル』は輸入感染症だけでなく渡航前相談も詳しく載っていますし,マニュアル本として使っていただくことを想定しています.輸入感染症の診断にフォーカスした本書とは内容の重複はあまりないはずですので,ぜひそちらもお読みいただければと思います(よし,これで早川先生には怒られないはずだ……).なお,本書の内容は私忽那の個人的見解に基づいたものであり,国立国際医療研究センター 国際感染症センターの見解ではありませんので,そこんとこよろしくお願い致します.
私が輸入感染症に興味を持ったのは,ある一人の患者さんがきっかけでした.2010年10月のことです.当時,私は奈良市の市立奈良病院という市中病院で一人感染症医をやっていました.そこで非常に珍しい輸入感染症を経験したのですが(本書にも登場します),私はその症例を通じてすっかり輸入感染症の魅力に取り憑かれてしまいました.ちょうど大曲貴夫先生が国立国際医療研究センターに移動されるという話を聞きつけ,「ここしかない! そしてこのタイミングしかないッ!」と思い家族を説得し,2012年に国立国際医療研究センターの国際感染症センターという部署にやってきたわけです.そこで今回の国内デング熱や西アフリカでのエボラウイルス病のアウトブレイクといっためくるめく輸入感染症系のイベントを経験できました.東京にやってきて早3年ですが,楽しい仲間に囲まれて本当に退屈しない日々が続いています.もしこの本を読んで輸入感染症に興味を持たれた方がいらっしゃいましたら,ぜひ国立国際医療研究センター 国際感染症センターで一緒に働きませんか? いつでも見学可能ですのでお待ちしております.
最後に,私に輸入感染症の世界を教えてくださったボス・大曲貴夫先生を始めとする国際感染症センターの皆さま,そして私に学ぶ機会を与えてくれたすべての患者さんに心より感謝いたします.あと,上村も.
2015年3月
忽那賢志