序
2002年慢性腎臓病(chronic kidney disease: CKD)という疾患概念が報告されて以来,日本腎臓学会,アジア太平洋腎臓学会,国際腎臓学会などでは,市民への活発な啓発活動がなされています.また,かかりつけ医と腎臓専門医との連携強化や早期発見・治療に力が注がれています.
CKD 患者では,末期腎不全腎代替療法へ進展することのみならず心血管イベントを発症しやすいことが問題です.治療は薬物療法が中心となりますが,その根底にある非薬物療法は食事療法と運動サポート(療法)であり,生活習慣の修正が大変重要な位置を占めています.
過日,「スマート栄養管理術123―栄養とスポーツの管理が重要であるこれだけの理由」(医歯薬出版)を上梓致しました.「食」は,私達の健康にとってかけがえのないものであり,心身に豊かさを与えてくれますが,現代の生活は大変忙しく食生活でのゆとりのなさが目立ちます.また,高齢者,認知症患者,寝たきり老人,がんなどの終末期患者での低栄養も問題となっています.したがって医師と管理栄養士,看護師等が連携して行うチーム医療としての食事指導は,疾病予防と治療の中核であるといえます.拙著「スマート栄養管理術123―栄養とスポーツの管理が重要であるこれだけの理由」が日常診療に活かされていると知り,大変嬉しく思っています.
一方,運動(スポーツ)の重要性も叫ばれています.日本腎臓学会が刊行した「CKD 診療ガイド2012」では運動・休養として,(1)CKD の各ステージを通して,過労を避けた十分な睡眠や休養は重要であるが,安静を強いる必要はない,(2)個々の患者では,血圧,尿蛋白,腎機能などを慎重にみながら運動量を調節する必要がある,(3)肥満では末期腎不全に至るリスクが高まる,とされています.では,CKD 患者ではどのような種類の運動をどの程度行えばよいのか,原疾患により運動の種類や程度が異なるのかなどについて,明確なエビデンスが得られていないのが現状です.しかも,運動強化と腎機能障害に関する検討がこれまで十分になされてこなかったため,過剰ともいえる運動制限がなされることもあります.CKD 患者にとって適度な運動は,体力の保持や精神的ストレスの軽減に繋がることはよく経験することです.しかしながら,CKD の重症度によっては過度の運動はかえって病態を悪化させるため禁忌となることもありますので,十分な注意が必要です.私たちの研究グル―プが行った自然発症糖尿病腎症モデルマウスの運動負荷による研究でも軽度ないし中等度の運動負荷は,高度な負荷に対し腎臓組織の虚血や尿細管障害が軽度であることが証明されました.
今回,良き友人である執筆者のご協力をえて「CKD 患者のための運動サポート」を上梓致しました.CKD の主な原因疾患の病態について簡単に触れたうえで,疾患別の運動サポートを記載しました.ことに,CKD5D(血液透析)患者は,徐々に高齢化が進み日常生活での運動量が低下し,サルコぺニアやロコモティブシンドロームに繋がる可能性が高いだけに日常でのサポートが必要だと思います.運動手帳では,多くの図を用いて運動の実際を解説し,運動での水分補給の必要性と実際についても述べられています.日常診療の場で,CKD への理解を深めるとともに医療スタッフが行う運動サポートに少しでもお役にたてればこのうえない喜びです.
本書の内容に不備な点や過不足があろうかと思われますので,皆様から忌憚のないご意見をいただければ幸いです.最後に,本書の出版にご尽力いただきました中外医学社の皆様に深謝致します.
2014年盛夏 神田川のほとりにて
富野康日己