序
高度腎不全に対して血液透析療法は明らかな臨床的な効果をあげた.患者の体内から血液を得て(脱血し)人工腎でその血液を浄化した後に再び体内へ戻す(返血する)という仕組み(今日言うところのvascular access:VA)には,主として動脈の直接穿刺法が採用されていた.このため,動脈を手際よく穿刺したとしても,穿刺や抜針・圧迫操作などに伴う皮下血腫などのために,血液透析を繰り返し繰り返し継続して行うことは可能ではなかった.周知のようにQuinton & Scribnerが1960年に外シャント法を考案して後,血液透析の反復施行が可能となった.しかし,異物を血管内へ留置するこの方法では,血栓形成・血流途絶・感染症・カヌーラの逸脱など重大な随伴症を回避することが困難であった.外シャントの抱える諸問題を解決するために工夫・考案されたのがBrescia & Ciminoらによる自己動・静脈使用のいわゆる内シャント(AVF)であり,1966年のことであった.
維持血液透析用のVAは,以降,急速にAVFへと転換していった.血液透析療法の黎明期に本法に従事した医師であれば未だに鮮明な記憶をお持ちであろうが,透析医は外シャントの血栓除去処置という頻回に及ぶ難行から解放されることになるのである.AVFの到来は透析スタッフや患者にとって大きな光明であったが,維持血液透析療法を必要とする患者の背景因子(患者の高齢化や基礎疾患としての糖尿病性腎不全の急増など)が経年的に変貌してきたため,VAをAVFのみで対処することは能わざることとなった.
端的に申せば,AVF作製に供すべき脈管特に静脈の損傷・荒廃が中等度以上の症例の増加であり,グラフト(人工血管)の使用が次善の策として余儀ない事態を生み出した.
日本透析医学会の統計調査委員会の資料によれば,1998年末で人工血管使用のVA比率は4.8%に止まっていたが,2008年末のそれは7.1%(12,234/172,244)で,透析歴が20〜25年となると10.0%,25年超では12.5%と報告されており,透析期間の延長でグラフト使用率が増加することを知るのである.
グラフト使用の内シャント(AVG)は一般的に種々の側面でAVFに及ばないが,脈管損傷度の高度な症例では使用はやむを得ないのであり,考え得る合併症をできる限り減らすためには多岐にわたる知識とスキルとを身に付けなければならない.
本書は維持血液透析のVAがこうした状況下にあることを念頭に置いて,経験豊かなアクセス外科医がグラフトの基礎と臨床に関わる諸事項を詳述している.VA業務に関わる透析スタッフに是非お読みいただくことを願っている.
2013年5月吉日
大平整爾