序 文
頭頸部がんに対する集学的治療の中で,がん化学療法の重要性は年々増加している.1970年代にシスプラチンが登場してから頭頸部がんの化学療法は飛躍的に進歩したといえる.シスプラチンは様々な薬剤と併用して併用効果があることが基礎的に示されてきたが,その中でもシスプラチンと5-FUとの併用が標準レジメンとして汎用されるようになった.そののち,タキサン系薬剤であるドセタキセルが導入され近年ではパクリタキセルも承認されている.わが国では経口抗がん薬のUFTやTS-1も頭頸部がんに対して使用されており,2012年には頭頸部がんに対するわが国で初めての分子標的薬であるセツキシマブが承認された.
このように,少しずつではあるが頭頸部がん化学療法において選択できる薬剤が増加している.一方,手術や放射線治療の進歩も目覚ましく,頭頸部がんに対する集学的治療は非常に複雑化している.このような状況の中で,がん化学療法を施行する場合,その目的を十分に考えて目標をきちんと設定しなければならない.切除可能例なのか切除不能例か,根治を目的とした治療か,QOLを優先する治療かなど,多くの事項について正確に判断することが要求される.
わが国では,現在のところ腫瘍内科医が頭頸部がん化学療法を行う施設は多くなく,ほとんどの施設では頭頸部外科医が施行している.本書は,腫瘍内科医以外の医師にも十分活用していただけるよう編集されている.がん化学療法を施行する前にまず,総論に目を通していただきたい.そして,実際の症例に即して各論や副作用対策,支持療法の項を参考にしていただきたい.本書の各論は重要なレジメンをすべて網羅しているが,そのほとんどのエビデンスは海外の臨床試験によるものである.これらは大規模の前向き試験でその有用性が証明されたものが多く,我々はそれらを参考にエビデンスに基づいたがん化学療法を施行する必要がある.一方,標準的投与量設定が妥当であるかは患者の状態や臨床データなどを個別に評価して施行するべきであり,手術治療と同等に主治医の経験,知識が要求される.
進行頭頸部がんに対して集学的治療として化学療法を施行するときは,他科や多職種との連携が必須となる.そのようなときに本書の副作用対策や支持療法を十分参考にしていただきたい.本書は,頭頸部腫瘍内科医として活躍する田原?信先生,清田尚臣先生の呼びかけによって頭頸部がん化学療法の経験豊富な多くの腫瘍内科医,そして頭頸部がん集学的治療を得意とする頭頸部外科医,放射線治療医の執筆を得ることができた.本書はわが国で初めての,頭頸部がん化学療法に特化したマニュアル本である.現在,世界中で頭頸部がんに対する新規治療開発をめざした臨床試験が多く行われている.そしてわが国でも日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)にJCOG頭頸部がんグループが設立され,わが国から発信するエビデンスをめざしている.このような状況の中で,本書は適時改訂されて最新の情報を掲載することを使命と考えている.そして,頭頸部がん化学療法を施行する際の座右の書として,多くの頭頸部がん患者のより良い治療に役立つことを願っている.
2014年4月
国立病院機構東京医療センター
臨床研究センター 耳鼻咽喉科
藤井正人