はじめに
筆者がはじめて本格的な緩和ケア専門施設(聖隷ホスピス)に足を踏み入れたのは医学部6年生の1991年だったと思う.いまからわずかに20年ほど前のことである.その時点で利用可能であったオピオイドはオキシコンチン・経皮吸収フェンタニル登場前なのでモルヒネとフェンタニル注射薬だけだった.抗精神病薬は非定型抗精神病薬登場前だったので,セレネース,コントミン,ヒルナミンであった.抗うつ薬はSSRI,SNRIの登場前でアナフラニールを点滴して使用していた.いまや緩和治療の「標準治療薬」とされているサンドスタチンの消化管閉塞の適応はなく,鎮痛補助薬として保険適応を持っている薬剤もなかった.そのような中,医師たちは限られた薬剤で症状緩和を図っていた.
今日,緩和領域に限らず,毎年毎年数多くの新しい薬剤が登場する.緩和ケア領域でも多くの臨床試験が行われるようになり,数年前までは「効果がある」とされていた治療が「効果がない」ことが示唆されることもみられるようになった.
緩和治療の薬物療法を行う上で,個々の薬剤に関する知識を蓄積することが求められている.そんな中,本書は,既存の緩和ケアの出版物にない「デジャブー感のない」ものを目指した.特に気を付けたことがいくつかある.
1つ目は,臨床研究の知見をなるべく取り入れて解説したことである.臨床研究はいわゆる個々の領域で古典といわれる代表的なものはおおむね含め,そのうえで,最近の知見として目につくものを紹介した.これらのうちのいくつかは出版後に知見を覆す研究がまた得られると思われるが,緩和ケア領域でも臨床研究の知見を患者さんに反映することの重要性を感じていただければと思う.
2つ目は,一般の医師にとって整理されにくい精神科領域の記述を多くした.特に精神科医にとってはよくみる常識的な内容だが,一般の医師は何度みても頭に残らない内容を視覚的に表現できるように心がけた.この点については,20年にわたって公私ともにご指導いただいている我が国のサイコオンコロジーグループの先生方に感謝したい.
3つ目は,間違いも含めて,筆者の考えを前面に出した.今やあたりさわりのないことは巷に多くある緩和ケアの教科書やマニュアルで情報が得られるので,それらの本には記載されないストーリーを筆者の体験をふまえて書いた.この点については,筆者の理解不足で明らかな誤りもあると思いますが,お許し下さい.
本書が,緩和ケアに関わる医師をはじめとするみなさんの知識の補充と,少し楽しみながら見てもらえるものになれば幸いです.最後になりますが,本書を書こうという気になったのは,白土明美先生(聖隷三方原病院臨床検査科)が図表の作成・資料の整理などを手伝ってくれると手を挙げてくれたからです.心より感謝します.また,本書の製剤に関する多くの箇所について医師にはわからない点を丁寧に対応してくれた伊藤智子さん(聖隷三方原病院薬剤部)に感謝します.
2014年1月
森田達也