序
がんの治療法には局所療法としての手術療法,放射線療法と,全身療法としての薬物療法(化学療法,ホルモン療法など)がある.抗悪性腫瘍薬を用いた化学療法は,進行がんに対する根治・延命・症状の緩和を目指した治療として用いられている.また局所にとどまるがんに対しても術前のinduction therapy,術後のadjuvant therapy,放射線療法と併用して用いる集学的治療の目的で試みられている.また特殊な薬物療法としては動注療法や最近行われている局注療法(遺伝子治療など)もある.抗悪性腫瘍薬は抗腫瘍効果を示す薬剤の量と毒性(副作用)を示す薬剤の量が通常の薬と異なり近接していることが多く,場合によっては逆転している.したがって様々な副作用が経験されるとともに薬物による毒性死も念頭に置く必要がある.抗悪性腫瘍薬の効果や毒性の発現は遅く,有効無効の判断を正確に行い毒性に対する対応をきめ細かく準備する必要がある.
また抗悪性腫瘍薬の場合,効果はあったとしても目覚ましいものでないことが多く,根治に至る例は稀である.このような観点から大半の固形がんに対し確実に抗腫瘍効果を示しうるregimenは多くない.1999〜2000年の新しいstate of the artとして大腸がんに対するCPT-11+5FU+LV,乳がんに対するTXT+ADM,卵巣がんに対するTXL+CPAなどをあげることができるが,臨床腫瘍学を学んだことのない医師がこれらの抗悪性腫瘍薬を処方し与薬することは良い結果をもたらさないと思える.一方,わが国では臨床腫瘍学の講座はきわめて少なく,抗悪性腫瘍薬を使いこなせる医師の数はきわめて少ない.今回の本の特徴が抗悪性腫瘍薬に関する総論,各臓器別腫瘍に対するstate of the artとそのもとになるエビデンスおよびエビデンスレベルを専門医に示していただいている.また抗悪性腫瘍薬の実際の使い方については各製薬メーカーの代表に執筆をお願いした.医師が書いた場合どうしても恣意的になることを避けるためである.厚生省の承認基準が明確に示され理解しやすいと信じるが,一方そこから踏み出せないジレンマも感じとることができる.この小冊子を一読され抗悪性腫瘍薬について専門的知識を得たいと思う若い医師が増加することを願っている.
2000年 秋
国立がんセンター
西條長宏