序
現代社会において,スポーツはあらゆる年齢層に浸透している.しかし,小学校から高校にかけての成長期が,人生のうち最もスポーツ活動の盛んな時期であることは今も昔も変わらない.学校体育では全ての生徒が週数回の運動・スポーツを行うことになるし,クラブ活動では往々にして激しく,長時間にわたる練習が行われる.スポーツ活動は,成長期のこどもの健全な身体と精神の発達に貢献する一方,過剰な運動ストレスにより身体に障害をきたし,かえって健康を損ねてしまう場合もある.
「こどもの体は,単に大人の体を小さくしたものではない」という言葉がある.こどもの骨には骨端軟骨が存在し,「成長していく」という最大の特性を有する.また,骨・軟骨や筋・靱帯などの生体力学的特性にも独特のものがある.これらの特性をよく理解しておかないと,傷害の見落としや不適切な処置により,重大な成長障害や変形を招いてしまうことにもなりかねない.
本書は,第一線の臨床現場で活躍する医師やメディカルスタッフが,こどものスポーツ障害・外傷を的確に診断し,適切な治療を行うことをサポートすることを目的としている.上肢,下肢,脊柱における比較的頻度の高いスポーツ障害・外傷について,それぞれに豊富な治療経験を有する先生方に執筆をお願いした.臨床の現場でスピーディーに情報を得ることができるよう,イラストや写真を多用してビジュアルに要点把握できるよう配慮した.また,診療における注意点やピットフォールを「ポイント」として適宜明示した.
成長期のスポーツ障害の適切な予防・治療の遂行には,父兄や指導者・コーチの理解と協力が不可欠である.選手としての将来に対する過剰な期待は,ともすれば行き過ぎた練習量・試合数につながり,逆に有為な才能を潰してしまうことさえある.日本小児整形外科学会のスポーツ委員会では,スポーツ指導者や父兄への啓発を目的として,2010年に小冊子『成長期のスポーツ障害 ―早期発見と予防のために―』を作成した.本書の企画・執筆には同委員会の委員が参画しており,その啓発精神は本書にも息づいている.各疾患に関して,「治療開始時の説明」という項目を設けたほか,「予防方法」の項目は選手・指導者への啓発を念頭に執筆して頂いた.
本書が,日常の運動器診療の現場において活用され,こどものスポーツ障害・外傷とその遺残障害が少しでも減少することを願っている.そして,こども達が生き生きと楽しくスポーツを続けていくことに貢献できれば大きな喜びである.
2013年4月
札幌医科大学医学部整形外科学講座
山下敏彦