まえがき
水電解質がわからないと言っている人は,専門書に扱われる内容に,原理原則に反する例外的な事項や,まれな事項があまりに多く,頭が混乱してしまっていることが多いように思います.初学者や,水電解質が苦手と思っている人は,ある程度例外には目をつぶって,まずは,原理原則を徹底的にたたき込むことが,最優先だと思います.だから,この本でも,原理原則に矛盾する例外やまれなことには,あえて目をつぶりクリアカットな記述を心がけています.そういう意味では,学術書としては正しくない記述もあるかもしれませんが,プラクティカルであることに重点をおいています.
また,水・電解質の教科書というと,いきなり生理学の記述がたくさん続き,そのあと,ようやく,臨床に使える電解質異常症の解説が始まります.今すぐ,臨床に役立つ知識を求める人は,ずいぶん遠回りしなければいけません.学問的には,生理→病態生理→治療と進んだ方が良いのですが,本書では,なるべく,電解質異常症の症例について考えながら,必要に応じて,生理学に立ち返るという構成にしてあります.
輸液や電解質の治療において重要なことは,ベクトルの方向は間違わない,でも,ベクトルの大きさにはこだわりすぎないと言うことです.人間の体にはホメオスタシス機構があります.したがって,治療の方向性(例えば,ここはNaを補充すべきか,制限すべきか)を間違わなければ,大きな失敗はありません.具体的に,何g入れるかは,その次のステップです.様々な推算式がありますが,所詮推算式ですから,それにこだわり過ぎるのは意味がありません.むしろ,方向性さえ間違えなければ,日々の状況判断をして(データや身体所見を見て),少し足りないとか,少し多いといった評価をおこなって,修正していければよい思います.本書では,治療の方向性を間違わないという部分にしっかりと力を入れていきたいと思います.
私も,20年以上にわたって,この分野に興味を持って勉強をしてきました.しかし,この分野は学べば学ぶほど,そう簡単にクリアカットに考えられるような学問分野ではないことがわかってきました.しかし,原則となる1本の幹をしっかり持っていなければ,いくら枝葉を覚えても仕方がありません.木の幹をしっかり本書で身につけて下さい.
本書では,5つのテーマを扱いました.どこから読んでいただいても良いようにしてあります.また,最後のQuick Referenceは,病棟ですぐに役立つものにしてあります.読者は,医学生,研修医あたりを想定していますが,臨床経験が長い方が,電解質,輸液をもう一度勉強しなおしたいという場合にも満足してもらえると思います.この本で水電解質に興味を持たれた方は,是非,柴垣有吾先生の『より理解を深める! 体液電解質異常と輸液』を読んでみて下さい.本書では,十分に書けなかったことにも,言及していますので,知識を深めることが出来ると思います.
なお,本書を書くに当たって,和田孝雄先生の『輸液を学ぶ人のために』『臨床家のための水と電解質』,柴垣有吾先生の『より理解を深める!体液電解質異常と輸液』には,多大な影響をいただきました.この場を借りて感謝申し上げたいと思います.また,2012年に,慶應義塾大学医学部93回生に年間を通しておこなった「電解質輸液塾」が,この本のベースになっています.たくさんのフィードバックをくれた学生達に感謝したいと思います.
2013年3月
門川俊明