序
CTや磁気共鳴画像(MRI)などコンピューターを利用した画像診断法の隆盛には目を見張るものがあり,単純撮影は以前ほどの利用価値をもたなくなった.しかしCTやMRIなどの効果な装置は何処でも,何時でも利用できるものではない.単純撮影は逆に何処でも,何時でも利用できる簡便さがあり,現在でも救急の場にあって欠かすことができない検査である.ところがCTのようなコントラストのよい断層像を提供してくれない.特に救急の場で撮影される腹部単純X線写真は患者の状態や撮影技術によって,きれいな写真が得られなかったり,また写真の何処に,どのようなX線徴候が描出されてくるかは定かではない.
SOSMANが“In all roentgenology, we see only we look for, and we look for only what we know.”といったように,われわれは知っているものしかみえないし,探さない.したがって,たとえ描出されていても知らないものは目に入らないので,異常があっても何ともないと判断することもありうる.たとえ一枚のX線写真といえども,その読影如何によって患者の一命を救うこともできるし,逆に取り返しがつかない事態を招くこともありうる.
わが国で出版されている腹部単純X線撮影の本を読んで気づくことは,各疾患のX線所見ということに重点が置かれていて,X線コントラストによる基本的読影法の解説が簡単に記述されすぎているため,理解しにくい面がある.X線像はX線コントラストから成り立っている以上,X線コントラストがどのような状態で生じ,あるいは失われるかという知識を抜きにしては,読影の向上は困難である.
また,人間は構造をしていながら,人相や体格が一人一人異なるように,同じ疾患でありながら,同じX線像を呈することがない.したがって,X線アトラスで写真合わせをするように診断しようとしても,うまく診断できるものではない.X線徴候も一つの疾患のみ現れるものではなく,多くの疾患に同じX線徴候が出現するので,アトラス的診断法は誤診しやすい.
X線像の読影に上達するためには,既存構造の正常X線解剖をよく理解しておくことと,病態がどのような潜在空間を辿って進展し,その結果X線コントラストがどのように変化するかを,X線コントラストの観点に立って,系統的に,理論的に理解しておくことが重要である.理論的読影法は応用が効き,他人を納得させる力がある.
したがって,この本では個々の疾患のX線所見を述べるものではなく,濃度別陰影,あるいは部位別にX線解剖とX線徴候の成り立ちを解説し,その臨床的意義を記述するように努めた.また腹部病変の局在診断には,どのようなX線解剖が指標になるかを示した.その他,腹部単純X線写真上に描出されているものは,隅から隅まで読影し,より多くの情報を集めるために,通常,簡単に記述され勝ちな骨盤部や横隔膜部,さらに下肺野について詳しく記述した.
この本を通読することによって,今まで気づかなかった種々の像がみえてきたり,何が描出されていたのか疑問に思っていたものが何であったかわかってくれると,1枚のX線写真の読影も楽しくなってくる.この楽しみを分かち合うことができれば幸甚である.
また,より浸襲が少ない簡単な検査で,より多くの情報が得られれば,これもまた大いなる医療への貢献である.
この本は1987年4月から,21回にわたって雑誌「臨床医」の連載したものに,写真版を充実させ,一部加筆したものをまとめたものである.学生,研修医,一般臨床医,放射線医に理解できるように書いたつもりである.
1990年3月
著者