はじめに
風邪診療について書かれた素晴らしい本はすでに多く出版されています.私も多くの本を通じて学んできました.この本を手に取った方の中には,なにを今さら屋上屋を架すのかと感じた方がいるかもしれません.しかし,パンデミックを経た今だからこそ見えてきたこと,できることがあります.風邪診療とその周辺には知的好奇心を満たし患者さんに貢献できる新たな学びがたくさんあります.なにを今さらではなく,今だからこそ,風邪診療なのです.
風邪診療は急性気道感染症を適切に分類して理解し診断することにとどまりません.重大な疾患の見逃しを防ぐことはもちろん,受診の背景を知ってそこに適切にアプローチすることも大切です.隠れたニーズの存在を意識する必要もあります.コミュニケーション・スキルはそのための基礎になります.これらは他の疾患や症候にも当てはまることではありますが,頻度の高い風邪診療の視点から考えることは実感ともつながって理解が深まります.風邪診療の周辺には大切な考え方や知っておきたいスキルが広がっています.
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックとその後のさまざまな感染症の流行や,薬剤耐性(AMR)対策のなかで抗菌薬適正使用が強く求められていることなど,感染症と社会を取り巻く状況は大きく変化しています.風邪診療はこのダイナミックな変化と決して無縁ではありません.COVID-19に伴う変化はそのひとつです.「PCR検査」という用語を誰もが知っている時代がくるとは誰が予想していたでしょうか.日常診療としての風邪診療に求められることはかつてとはずいぶん変わってきたわけですが,風邪診療から見える光景は診療の場によっても大きく変わります.同じ症状でも子どもと高齢者では様相が異なります.妊婦だったらなおさらです.さらに,病院と診療所,都市部と地方でも光景はかなり違うことでしょう.
この本は,これから風邪診療に取り組む医師はもちろん,日常診療で風邪症状の患者さんを多く診ている医師が狭義の風邪診療のみならずその周辺について学び,アップデートできる書籍となることをめざして作りました.周辺とは上記で述べた諸々です.執筆は,臨床に根ざし医療現場をよく知っている医師を中心にお願いしました.その多くは私自身が一緒に働き信頼してきた方々です.その臨床知に学びたいというのは,私自身の願いでもあります.
最後にこの本の構想を練るにあたって貴重なアドバイスをいただいた佐藤泰吾先生(諏訪中央病院),鄭 真徳先生(佐久総合病院),そして停滞しがちな私に何度となく絶妙なタイミングと絶妙な強度でリマインドと励ましをくださった中外医学社の牧田里紗さんに心から感謝いたします.
2024年3月 春の訪れに心踊りつつ
具 芳明