改訂2版 はじめに
2019年に刊行された本書の初版は,幸いにも多くの読者に恵まれ,また好意的な反応をいただく機会もしばしばであった.執筆者一同を代表して心からお礼を申し上げたい.今回,比較的早い段階で改訂を行った理由の一つは,初版に掲載されたいくつかの重要な検査で改訂が行われ,対応が必要になったためである.特にウェクスラー式知能検査については,初版の刊行直前の2018年に成人用のWAIS-IVが,2022年には小児用のWISC-Vが公刊された.また,2022年には標準注意検査法・標準意欲評価法も改訂された(CAT-R・CAS).今回の改訂2版ではそれらの検査の改訂の内容を反映した.特にWAIS-IVに関しては日本版WAIS-IV刊行委員会の松田修氏に新たに解説を執筆していただいた.これらの検査の改訂に関しては十分な情報を提供することができたと考えている.また,各執筆者から集まった原稿の調整中であった2023年の9月に「DSM-5-TR 精神疾患の分類と診断の手引」の日本版が公刊された.これに関してもできる限り対応することとし,各執筆者に急遽無理をお願いして修正を行った.しかし,これに関してはまだ不十分な点があるかもしれない.今後の修正に向けてご意見をいただければ幸いである.さらに今回,3つの項目を追加した.1つは初版にはなかった検査レポートの作成に関する内容で,読者からの要望が多かったものである.心理士(公認心理師)の立場から足立耕平氏に解説していただいた.また,注意障害に関する内容を充実させるため,神経内科医の内山由美子氏に医学的解説をお願いした.
そして,今回特に重要な項目として追加したのがICTの活用である.2019年12月初旬から世界を席巻した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって遠隔診療が急速に広まった.その中で神経心理検査の遠隔実施も重要な課題となっている.さらに目下の最大の話題はAI(人工知能)の活用である.特に2023年には対話型AIであるChatGPTの日本版が利用可能になり,本格的なAI時代が到来した感がある.最近の海外の神経心理学的アセスメントのジャーナルでは神経心理検査のデータを利用して,機械学習や深層学習によって正常とMCI(軽度認知障害)の鑑別,あるいはMCIと認知症の鑑別,MCIから認知症への移行の判定などを自動的に行う研究が急増している.AIに関する現状の研究の多くは,既存の診断体系や専門医の臨床診断をベースにしているが,将来的には疾病の概念や診断体系さえ変えていく可能性がある.近い将来,神経心理学的アセスメントは被検者にタブレットを渡すだけで,後はAIで自動的に採点・判定されるようになるのだろうか.今回はわが国の精神科におけるこの領域のトップランナーである岸本泰士郎氏・木下翔太郎氏に解説をお願いした.
私ごとではあるが,初版の刊行時には愛媛県で勤務していたが,2020年から現在の大阪の大学で教えている.この原稿を書いている時点で,大阪は阪神タイガースの38年ぶりの日本一の話題で持ち切りである.実は前回の日本一の年(1985年)に私は大学院に入学し研究者を目指して勉強を始めた.それが今や年齢だけはベテランの教授になっているのだから,38年とは長いものだなと実感した.その頃はとにかく海外の新しい研究に食らいついて,将来につながる成果を得ようと貪欲に学んでいた.それが今や研究に関しても新しい内容についていくのがやっとであり,なかなか人名が出てこない.駆け出しの頃に,検査を嫌っていた多くの患者さんの気持ちが実感として分かるようになってきた.これからどういう形で,神経心理学と関わっていくのかを考えていかなくてはならないが,私の脳ではもうとても追いきれないくらいの大いなる発展を期待している.
最後に初版の購入からまださほど間もないにもかかわらず,改訂版を再購入していただいた熱心な読者・関係者のみなさまに,また今回初めて手にしていただいた新たな読者のみなさまに感謝の意を表したい.また,相応の増ページをしたにもかかわらず価格を抑えていただいた中外医学社のみなさまにもお礼を申し上げる.本書が初版以上に臨床・研究のお役に立てば幸いである.
2023年11月23日
自宅で阪神タイガースの街頭パレードのTV中継を横目でみながら
山下 光