推薦文
「趣味の友達なんだから家族のことなんてわかんないよー!!」
と,患者さんのご友人から,大きな声量と強い語調でお叱りをいただいたことがあります.ご友人である患者さんと運動にでかけたあとに突然患者さんが倒れて心肺停止になられた,というとても悲しい状況でのことでした.悲しみの底に沈まれたご友人のお言葉でした.
本書でもとても丁寧に紹介されているように「高ぶる感情の中で初対面の医療チームと患者さん・御家族が信頼関係を築く」ということはとても難しいことだと思います.私も,原則や論文を読んだり,経験を重ねて自分なりに振り返っています.それでも「難しい」こともあるのが実際です.
時には「深い河のように言葉や感情の波を受け入れる」必要も出てくるかと思います.どんなに歴戦の勇者でも「大変な経験・時間」だと思います.ただ,「受け入れてもらえた」みなさんは「安心感」がもらえるのかもしれません.冒頭の私をお叱りになったご友人も
―受け止めることに徹する
―悲しい気持ちになったことを謝る
―こちらの心のドアを閉めない
―丁寧な診療と説明を続ける
ことによって変わっていかれました.
「先生,あのときすみませんでした.僕先生の病院のこととても信頼しているんです.今後も家族や僕自身が調子悪くなったらお願いします」
と最終的に信頼関係を作ってお帰りいただきました.
後日,お子さんの捻挫でお越しになっていらして,互いに会釈をしたことを覚えております.
急性期の現場で難しいコミュニケーションに挑むすべての医療者の方々がとても輝いた仲間だと思っております.何度経験を重ねても大変な場面ばかりだからです.本書はみなさんの「悩み」に答え,「エビデンス」に基づいた,わかりやすい「ガイド」になってくれると思います.個人での勉強のみならず医療チームでの勉強会にも使って頂けたら幸いです.舩越先生と執筆者のみなさま,中外医学社のみなさまに素晴らしい学びの機会をいただけたことに,心より御礼申し上げます.
2023年2月
国際医療福祉大学 救急科
志賀 隆
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序
救急外来は喜怒哀楽のあふれるドラマチックな劇場です.肘内障を瞬時に整復され骨折ではなかったと安堵する親御さん,待ち時間が長いと憤る飲酒後の頭部打撲患者,大切な人が急病となり悲嘆に暮れる家族,様々な感情が入り乱れる現場でやりがいを感じる人も多いでしょう.一方で救急外来は不確実性が多くストレスの大きい職場でもあります.夜勤での疲労や重症度の高い疾患,弱者への配慮に加え,様々な医療スタッフとの連携が求められるため「自分の思った通り」診療が進まないことも沢山あります.
医学的に正しいこと,だけでは患者に良い医療は提供できません.入院診療など医療者の裁量が大きい状況と違い,外来診療は診療後に待っている患者の日常生活などの状況を勘案して医療を提供する必要があります.そのため同じ疾患でも行うマネジメントは患者によって異なってくるでしょう.それが単一の答えを求めたがる若手にとっては患者のわがままにつきあわされている,指導医によって言うことが違う,といったストレスにつながる要素になることもあるようです.
そうした意見対立を解決するヒントがコミュニケーションなのですが残念ながらそれを学ぶ機会は限られています.そのため解決の糸口を失い救急外来が辛くやりがいのない現場に映ってしまう残念な状況を見てきました.
そうした問題を解決するヒントを提供したいと本書を企画しました.経験豊富な救急医がそれぞれの経験と既存の研究結果をブレンドしながら救急外来でよくあるコミュニケーションにまつわる問題の解決策を事例形式で回答しています.どの施設でも直面する問題には共通点があるはずなのですが,救急外来での患者や多職種とのコミュニケーションに焦点を当てた企画はこれまでほとんどなく,本書が読者の皆さまの救急外来が患者にとって,働く医療スタッフにとってより良い現場となることを願っています.
最後になりますが,中外医学社の宮崎さんには企画段階から出版に至るまで,大変長い間構成に関する助言を頂いたばかりか粘り強く原稿を推敲頂き感謝してもしきれません.この場を借りて感謝申し上げます.
2023年2月
東京ベイ・浦安市川医療センター 救急集中治療科
舩越 拓