序
日本での結核の新規患者数が2021年に11,519人と報告され,遂に罹患率が10万人あたり10を下回って9.2となり,定義上低まん延国となった.しかし,厚生労働省の調査によると2020年末の時点での日本の医師数は34万人弱ということなので,1年間に結核の患者に遭遇する医師はおよそ30人に1人ということになる.通常は内科にかかると思われるので,内科医が7万人強とすると,7人に1人は結核の患者を診ることになる.これらは決して低い確率ではない.
一方で今般結核に関する医師の経験値は著しく低下しているように思われる.何と言っても結核の患者が入院できる病院自体が減少していることから,少数の専門家を除いて結核の診療を最初から最後までフォローアップも含めて診る機会は多くないと思われる.患者の減少よりも,それを診る医師の減少の方が急速であることは間々あり,知識も経験も継承されない.しかし,先進工業諸国の例を見ても明らかなように,低まん延となっても,結核は簡単にはなくならない.結核診療における知識と技術の継承は,今なお重要である.
日本国内ではほとんど変化がないように見える結核の診療も,世界的には大きく動いている.特にインパクトが大きいのは耐性結核に対する新薬による治療レジメンの開発と展開であり,2019年以降世界保健機関は次々と新しい治療レジメンを推奨している.中には条件付きながら6か月治療を可能とするレジメンも含まれている.現在はCOVID-19パンデミックの影響でやや落ち着いている外国出生者の結核も,流行が収まれば今後再び増加する可能性は高い.外国出生者では耐性結核が多いことは周知であり,労働力として日本全国に分散することを考えると,必ずしも都市だけの問題ではない.結核診療の知識は最低限確保しておかなければならない.
本書では結核という疾患全体を系統的に学べるよう,様々な分野の先生にご執筆をお願いした.既に失われつつある稀少な知識も多く,ご執筆頂いた先生には深く感謝申し上げたい.本書が結核を学ぼうとする人々にとって有用であることを祈念する.
2022年10月
御手洗 聡