龍になれ─ 監修の序にかえて ─
三谷雄己君の著書,“みんなの救命救急科”,が上梓されるという.大変におめでたい.彼は医師経験わずか4年すこしという若者だ.まだ30やそこらで医学教科書を執筆するなど,常識を外れている.少なくとも私には不可能であった(あたりまえか).しかしできる人がいたのだ.
著者は,龍である.みんな,とは雲のことである.龍のもとに雲が集まり,雨を降らせ,五穀豊穣をもたらす.臨床現場におけるコモンでかつ何よりも重要なABCDアプローチの普及により,目に見えない何万人という患者が救われる.どんな新薬よりも,どんなテクノロジーよりも重要な,医療の原点に立脚した基本的医療の普及が,この書籍により可能となる.
たしかに,内容は粗いところがある.細かな表現や医学的記述に,浅薄さや物足りなさを感じる読者はいるだろう.しかし,それも一興としたい.このような書籍はこれまでになかった.新しい試みの第一歩はいつだって挫折や失敗と隣り合わせである.それで良いのである.
若い龍には,いまもこれからもそれなりの苦労や批判がある.むしろ多いだろう.しかしくじけることなく龍であることを目指してほしい.そして周りに多く雲を集めて,緑の大地に恵みの雨を滴らせるのだ.
龍となれ 雲おのずと来たる
武者小路実篤
2022年9月
夏の終わり,平和大通りの向こう,雲の切れ間に沈みゆく夕日を追いながら
広島大学大学院医系科学研究科救急集中治療医学
志馬伸朗
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まえがき
まずはABCDが安定していることを確認した後に,○○の検査を施行し…
みなさんはこのような書き出しから始まる救急診療の参考書を,きっと一度は読んだことがあるでしょう.腹痛であれ,失神であれ,どんな主訴で来院された患者さんであっても,まずはA(気道)・B(呼吸)・C(循環)・D(意識)を評価し安定化させるABCDアプローチを行うのが救急診療の基本です.
基本とは言いつつも,ABCDの評価と安定化こそが救急診療において最も難しいのもまた事実でしょう.ですが,その解説は冒頭のような書き出しのみで終わっている場合も多く,総論的な解説を読んでみても結局よくわからないと感じたことはありませんか? ハンドブックをはじめとした様々な参考書を勉強しても,なぜか上手に救急診療ができないのは,ABCDアプローチを真に理解できていないからなのです.
本書は救急診療に従事する研修医や若手医師だけでなく,全ての医療従事者や学生がABCDアプローチについてより深く学習できるよう作成した,文字通り“みんなの”ための一冊です.悩みながらも懸命に働くスタッフ達と共に救急外来診療を追体験することで,臨場感を持って学ぶことができる構成となっています.読み終えたその日からABCDアプローチを実践できるよう,初期診療で必要な思考回路を徹底的に掘り下げた本を目指しました.応援を待つ間に実践すべき具体的なアクションプランや,一見安定しているように見える重症患者を見逃さない診察の型を学ぶのが本書の目的です.
もちろん,このABCDアプローチというテーマは救急診療の中でも壮大なテーマであるため,まだまだ未熟な私だけではとても扱いきれるものではないのも重々承知です.ですが,私自身が未熟であるからこそ,初学者が悩むであろうポイントに徹底的に寄り添うことができると信じ,本書を出版させていただきました.そして,私の拙い知識や文章を補っていただくために,職場の上司をはじめ,救急はもちろん人生の恩師である先生方,オンラインで繋がる偉大な先生方,頼もしい後輩達,職場で日々お世話になっている他職種のスタッフなど“みんなの”力を多大にお借りして,なんとか完成させることができました.書籍の出版というチャンスを下さった宮崎紀樹先生,本書のテーマや構成を共に考えてくださった松原知康先生,読者の視点から本書を俯瞰して様々なアドバイスをくれた頼れる後輩の波多間浩輔先生,校閲を担当してくださった河村由実子様,イラストを一緒に作り上げてくださった角野ふち様,そしてコラム執筆を担当してくださったすべての先生方にこの場を借りて感謝を申し上げます.加えて,本書を監修してくださった志馬伸朗教授,コラム執筆に加えて全ての原稿に目を通していただき,あらゆる相談に乗ってくれた私の兄貴である高場章宏先生,本書の企画や編集を担当してくださった中外医学社の宮崎雅弘様,輿石祐輝様には大変お世話になりました.お礼申し上げます.
2022年9月
広島大学 救急集中治療医学
三谷 雄己