監修の言葉
蘇生法に関する記述はすでに旧約聖書に遡るとされていて,エリシアという予言者が奇跡をおこしたとの記載は(旧約「列王記」下巻4章),まさしく呼気吹込み法の実践であったと言われています 1).その後,古代から中世にかけて種々の蘇生の試みが行われており,その上に現代の蘇生法が成り立っていることは大変興味深いことです.18世紀になると,電気的除細動や人工呼吸法の開発が始まります.時は流れ,現代的な胸骨圧迫法による心臓マッサージ,人工呼吸法(口対口呼吸)および電気的除細動の3つが揃って統合されたのは1960年であり,記念すべき年とされています.国際ガイドラインの構築に関しては,1970年代からアメリカ心臓協会(American Heart Association:AHA)が中心となって行われました.AHAの取り組みに続いて,1989年にヨーロッパ蘇生協議会(European Resuscitation Council:ERC)が結成されました.さらに,1992年にAHAとERCが中心となって,国際蘇生連絡委員会(International Liaison Committee On Resuscitation:ILCOR)が設立されました.日本蘇生協議会(Japan Resuscitation Council:JRC) 2)も結成され,2010年からアジア蘇生協議会(Resuscitation Council of Asia:RCA)の一員としてILCORに加盟しています.
国際ガイドラインの策定はエビデンスに基づいて行われ,2005年に2005 International Consensus on CPR and ECC Science with Treatment Recommendation(CoSTR)が発表されました.その後,CoSTRはILCORにより定期的に改訂が行われ,2017年からは1年ごとにCoSTRが発表され,重要なトピックスについて迅速な勧告がなされています.JRCはCoSTRの内容を踏まえてその都度提示しています.また,JRCは,2010年から5年ごとにガイドライン改訂版を発表しており,今回,2021年3月に「JRC蘇生ガイドライン2020」の全てが公開の運びとなりました 2).(書籍版は2021年7月に発刊予定です.)
[注:ただし,2020年は新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019:COVID-19)が世界的な脅威となり大変な状況になりました.ILCORとJRCでは,2020年の蘇生ガイドライン改訂に向けて準備を行いましたが,COVID-19の世界的な蔓延のため,ILCORから心停止に対するCPR時の感染リスクとその対策についてのCoSTRが優先的に発表されています 2).]
日本の医学教育モデル・コア・カリキュラム(平成28年度改訂版)においては,G-3-4)臨床実習-基本的臨床手技-救命処置の学修目標として,(1)一次救命処置を実施できる,(2)二次救命処置を含む緊急性の高い患者の初期対応に可能な範囲で参加すると,その重要性が記載されています.一次救命処置と二次救命処置の違いは簡単に言えば,従来は,一次救命処置とは心肺停止または呼吸停止に対する,専門的な器具や薬品などを使う必要がない心肺蘇生(cardiopulmonary resuscitation:CPR)のこと,二次救命処置とは病院などの医療機関において医師や救急救命士が行う高度なCPRのことです.近年,自動体外式除細動器(automated external defibrillator:AED)やCPRの啓発と普及活動等により,医療従事者でない一般市民も救命処置を行う時代になっています.AEDの日本での導入は1998年頃からで,扱い方を学んだ救急隊員であれば使用することが可能となりました.2004年からは,一般市民がAEDを使うことができるようになり,一次救命処置によって助けることができる人数が大きく増加しました.
本書は,大阪医科薬科大学医学部医学教育センターの駒澤伸泰先生により,オリジナルに書き下ろされたものです.本書の特徴は,(1)2020年の最新の心肺蘇生ガイドラインの内容に沿っていること,(2)麻酔科学,救命救急処置,多職種連携およびシミュレーション教育における駒澤先生の豊富な経験に基づいて 3),臨床教育現場の臨場感に溢れる内容になっている点です.さらに,(3)従来のテキストの多くは救急蘇生法の指針の方法論のみの記載に留まっていますが,本書にはその指針が訴えかけている本質も読者に伝えたいという著者の気持ちが込められています.本書が,医療系の学生さんのみならず,すべての医療従事者の皆様の明日からの実践にお役に立つことを確信しています.
最後に,この企画を実現していただいた中外医学社各位に深謝申し上げます.
参考資料
1)野々木 宏. 心肺蘇生法の歴史と最近の進歩. J-PULSE: 厚生労働科学研究 (循環器疾患等総合研究事業) 院外心停止対策研究班. http://j-pulse.umin.jp/push3/articles/article-nonogi-07/index.html(2021年7月1日閲覧)
2)日本蘇生協議会. (https://www.japanresuscitationcouncil.org/)(2021年7月1日閲覧)
3)駒澤伸泰. 院内急変対応における連携. In: 寺崎文生, 他, 監修, 駒澤伸泰, 編著. 実践 多職種連携教育. 東京: 中外医学社; 2020. p.159-63.
2021年7月吉日
大阪医科薬科大学医学部医学教育センター副センター長,教授
寺崎文生