はじめに
精神科には不眠を主訴とする患者さんがよく来られるため、精神科医は日常的に不眠症診療を行っています。一方、一般外来や一般病棟で不眠を訴える患者さんもたくさんおられますが、対応する医師にとって、不眠は実際に治療している身体疾患とは別物であるため、ともすれば軽視されてきた面があるかもしれません。ただし、不眠を訴える患者さんは年々増えており、一般外来や一般病棟でその対応に困っている医師も多いのではないでしょうか?
近年になって、不眠症の治療は新たなステージに入ったと言っても決して過言ではありません。新しい作用機序の睡眠薬が複数登場し、不眠症に対する薬剤の選択肢は大幅に拡がりました。また、従来から頻用されてきたベンゾジアゼピン受容体作動薬の副作用が一般にも広く知られるようになった今、医師に求められる診察内容や処方薬も変わりつつあります。では、不眠症の患者さんにどのように説明し、どの睡眠薬を出せばよいのか?いわゆる「睡眠薬」以外に適切な薬はないのか?増やし方はどうするのか?併用してもよいのか?いつまで続けるのか?減らし方や中止方法は?……睡眠薬の使用を巡っては、思いつくだけでも数多くの臨床疑問が涌いてきます。ただし、いずれについても「いくら本を読んでも、文献を調べても、講演会に参加しても、イマイチよくわからない!」という声を耳にすることがあります。そして、睡眠衛生指導(非薬物療法)の大切さをいくら強調されても、「忙しい診察時間の中で、生活指導までするのは現実的にムリ!!」というのが医師の本音ではないでしょうか?
また、一般病院における精神科医の不足によって、睡眠薬に関するアドバイスが薬剤師さんに求められる場面は年々増えています。さらには、一般病棟の入院患者さんに『せん妄ハイリスク患者』が大多数を占める中、医師が指示した「不眠時」や「不穏時」の薬をどのように使うかの最終判断は、現場の看護師さんにゆだねられています。また、投与された薬の効果や副作用をモニタリングするのも、最もベッドサイドに近い看護師さんの役割に他なりません。
そこで本書では、一般外来や一般病棟でみられる不眠について、適切な評価や薬物治療、そして非薬物治療(睡眠衛生指導やケア)などを短時間で効果的・効率的に行うことを目的として、医師のみならず看護師さんや薬剤師さんにも有用な内容となるよう、実践を強く意識しながら具体的にまとめてみました。不眠症に対する標準的かつ詳細なアプローチについては、ぜひガイドラインを参考にしていただきたいと思いますが、本書ではそれらとの差別化として、よりシンプルなアプローチ内容を、著者の臨床経験に基づいて具体的に解説したいと思います。私がふだん行っている不眠に関する講義内容を、図表を豊富に使いながらライブ感覚で読めるように工夫しましたので、ぜひご一読下さい!
2021年8月吉日
岡山大学病院精神科神経科
井上真一郎