序
胎児心拍数陣痛図(CTG)は,わが国のほぼ全ての分娩に使用されており,最も使用頻度の高い周産期の検査です.周産期学の黎明期に発明され,60年以上に渡る歴史を持ちます.聴診法とのランダム化比較試験において,周産期死亡率や新生児の予後を有意に良くするというエビデンスが示されなかったにも関わらず,臨床の現場での必要性を感じられ,広く普及している,極めてユニークな検査です.これまで,CTGに関するハンディな解説書は数々発刊され,現場に役立ってきました.私たちが,本書で目指したものは,周辺知識をも幅広く包含し,最新の問題点と展望まで深く掘り下げた,総合的な教科書です.これら内容の習得により,CTG検査への見方を変え,より良い臨床成績へとつながるとともに,次世代の周産期学の発展に寄与すると考えたからです.以下が,その内容です.
第1章はCTG検査がたどってきた数々の歴史と今後に期待される役割を概観しました.
第2章と第3章では,CTGを理解する上で必要な母体と胎児生理学を述べています.
第4章で,胎児が低酸素症・アスフィキシアに対応するメカニズムと,それが破綻した場合に脳障害が起こる病態生理を解説しました.
第5章では,CTGの原理と装置に関して学び,第6章はそれぞれのCTGパターンの発生機序とその生理学的意義を述べています.
第7章では,CTGパターンと胎児アシドーシスとの関連性として4つの基本項目を示します.すなわち,?基線細変動が正常であれば98%に胎児アシドーシスを認めない,?基線細変動が減少,消失し,一過性徐脈を認める場合には23%に胎児アシドーシスを認める,?一過性徐脈の深度は,胎児アシドーシスと関連する,?繰り返す一過性徐脈は,約1時間以上の経過で胎児アシドーシスへ進行する可能性がある,です.ただ,最後の項目は,比較的徐々に(段階的にphased)悪化していく場合であり,一方,突然(sudden)悪化する
ケースもあります.これら2つのCTGの経時的変化,すなわちエボリューションについて第8章で,疾患例を含めて解説しました.そして,第9章で,エボリューションの応用編として,産科医療補償制度の重度脳性麻痺ケースを,分類し分析しました.
CTG波形の判読とそれに基づく臨床対応を標準化する取り組みが,1980年代後半から世界的に行われてきました.CTG波形を,胎児アシドーシスのリスク度と娩出を急ぐ度合いという2つの観点から分類して,それぞれの段階に応じた対応を取ることを目指す試みです.世界的に3段階分類(3-tier)が使用されていますが,わが国では2011年版産科婦人科診療ガイドライン(日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会)にあるように5段階(5-tier)が取り入られています.その理由を,第10章で詳しく述べています.
疾患背景を考慮にいれたCTG判読することは極めて重要です.第11章?では,早産期,子宮内感染,胎児発育不全および薬剤の影響を,第11章?では,双胎妊娠と胎児不整脈があるときの判読法について解説しました.
第12章は,妊娠中の胎児健康度の評価法として,CST,NST,BPP,Doppler velocimetryなどの検査について,対象,結果の取り扱い方を中心に述べています.
第13章では,分娩管理法について,娩出時期,分娩誘発法,分娩進行の見方,帝王切開への移行時期について具体的に記述しました.特に胎児下降度と回旋を判断する,経会陰超音波法も含めました.
CTG判読には再現性が低いことが問題であり,近年,コンピュータ解析が発展してきています.第14章では,われわれが開発に関わった,日本産科婦人科学会ガイドラインに基づいたCTGコンピュータ判読システムであるTriumシステムを中心に,この分野の世界の動向を解説しました.
第15章は,医療現場のスタッフがどのようにCTG判読のレベルを向上させていくかについて,振り返りとシナリオシミュレーションについて述べました.
執筆陣は,三重大学産科婦人科学教室で学んだ,臨床と研究の第一線で活躍する若手医師にお願いいたしました.われわれは,関連病院7施設をテレビ回線で結んだテレビカンファレンスを,10年近く,月曜日から金曜日まで毎日,行っています.CTGの判読と胎児生理学的解釈に関するデスカッションは,そのカンファレンスの中心的な位置を占めています.また,われわれは,ヒツジ胎仔を使った胎児脳障害研究のトップクラスの研究室であるニュージーランドのオークランド大学と共同研究を継続的に行っています.したがって,本書の内容は,基礎から臨床にわたる,世界的な最前線の話題とともに,内容の一貫性を担保していると考えています.本書が,読者の一層の臨床的レベルアップとともに,次世代の周産期研究に繋がることを期待しております.
2021年7月1日
三重大学産科婦人科教授
池田智明