『鎮静・鎮痛の疑問Q&A』 序に代えて
鎮静は侵襲を伴う処置・検査・手術などの苦痛の軽減を図るため,臨床上,多くの部署,あらゆる状況で施行されているので,安全で簡便な方法を教えて欲しいとの声を耳にすることがある.本書は,簡単な鎮静や安直の方法を示すことを意図していないし,そのような考え方に警鐘を鳴らし,鎮静に関する知識を高め,安全な実施体制の確立に注力して頂くことを意図し,企画している.
鎮静とは,「苦痛の緩和を目的として患者の意識を低下させる薬剤を投与すること,あるいは,苦痛緩和のために投与した薬剤によって生じた意識の低下を意図的に維持すること」とされている.臨床で行われている鎮静の深さ・レベルは一様でなく,投与された薬剤の薬理作用と患者の受ける侵襲的医療行為との相互反応や個体差もあるため,鎮静の深さ・レベルは相対的なものと言える.
臨床で実施されている鎮静は,最小鎮静レベルから深鎮静レベルまで多様なレベルの鎮静があるにもかかわらず,これにかかわる医療者も,広義の「鎮静」という言葉を用いている.鎮静にかかわる医療者でさえ,その概念や用語としての「鎮静」に関して,その経験に基づき理解・解釈して用いており,鎮静にかかわるディスカッションの過程で噛み合わない場合も存在している.
全身麻酔は,鎮痛(痛みのない),意識消失(≒鎮静,健忘),不動化(筋弛緩),有害反射抑制の4つ要素がある.鎮静では,意識消失ではなくとも苦痛の緩和(健忘),痛みの緩和(鎮痛),有害反射の抑制が求められ,不動化は必須ではないが求められる場合もある.鎮静と全身麻酔にはこのような類似性,オーバーラップがあるため,一般医家では「鎮静」と「鎮痛」の勘違いも生じているし,麻酔科専門医でも「鎮静」と「全身麻酔」という用語が混同している場合もある.
色々な学会から鎮静に関するガイドラインが多数公表されている.安全な鎮静の実施において不可避的に生じる呼吸抑制については特に重要で,上気道閉塞の回避と鎮静中(特に呼吸)のモニタリングについての基本的知識が必要であり,各論で詳述頂いている各項をご参照頂きたい.
世界では,鎮静に種々薬剤が使用されている一方,本邦では,鎮静に使用される薬剤の効能・効果や用法・用量で,鎮静での使用を承認されているものは少ない.したがってその使用においては,医師の責任範囲で使用しなければならない現状がある.このため,医療安全に関しては細心の注意が必要である.
チーム医療はシステムとしてチェックし,安全性を高める体制となっている.チーム医療における別の側面として,責任分散が生じ,その所在が不明瞭となることがある.しかし,法的(医師法,保助看法など)な責任の所在は明確で,それは鎮静を実施する医師にある.
今回の『鎮静・鎮痛の疑問Q & A』では,鎮静にかかわる医療チームの構成員を対象としている.そして混乱を避けるため,先ず用語の整理を行っている.各論としては,臨床における疑問(Clinical Question)にしたがい,各分野における専門家諸氏に解説・執筆を頂いているので,大変分かり易いものとなっており,理解が進むものとなっている.本書により,侵襲度と鎮静レベルとのバランスを考慮した臨床的に適した医療,そして患者さんにとって「安全な鎮静による苦痛のない医療」が普及して行くことを祈念している.
2021年4月
横田美幸