緒言
せん妄は,一般病院入院患者に頻発する精神疾患(精神状態)であり,転倒骨折のリスクを高め,身体疾患の重症度を上げ,その後の認知症発症やフレイルを促進し,生命予後に関わることが明らかにされている.そのため医療費を上昇させて社会資源への負担を増大させる.それにもかかわらず適応薬剤がないという,精神医学のみならず医学全般の立ち遅れた課題である.さらに,一般病院の1割程度にしか常勤精神科医が配置されていない現状,そしてその常勤精神科医の多くが外来に忙殺される実態は,せん妄臨床の充実を阻む要因といえる.しかし,高齢化が著しい現況において,せん妄はさらに増加することが自明な優先度の高い課題である.
このような背景から,本書は,病棟で日常的にせん妄患者と相対する立場である研修医,常勤精神科医のいない病院の一般臨床医,精神科医がいても精神科リエゾン活動が活発でない病院の一般臨床医を読者に想定してせん妄臨床のノウハウを伝えようと思う.精神科医にとっても,せん妄の臨床は10年前とはかなり異なるためブラッシュアップに役立てばと思う.また,せん妄臨床のノウハウだけでなく医学としての面白みを伝えることができればと思う.
なお,せん妄の薬物療法は適応外の内容が含まれるため,その自覚と患者・家族に説明できる知識・理論が求められる.本書の内容がそれに寄与できれば幸いである.また,本書の内容が必ずしもすべての患者に好ましい結果をもたらすわけではなく患者の個別性,主治医の裁量が優先されることは言うまでもない.本書の内容に関して,いかなる原因で生じた障害,損害に対しても著者は免責される.
2021年 春
八田耕太郎