序
脳卒中の最大の危険因子は高血圧である.血圧の厳格な管理は,脳卒中の1次予防,2次予防(再発)に最も重要である.脳卒中急性期には脳梗塞,脳出血の双方で脳循環自動調節能が障害され,血圧の変化が直ちに脳循環動態に大きな影響を及ぼすため,血圧管理が必要になる.こうした点を踏まえて,本シリーズの2冊目である本書は「脳卒中エキスパート 降圧療法を究める」と題して,脳卒中領域の第一線で活躍するエキスパートの先生方に血圧管理のすべてを執筆いただいた.
Global Burden of Disease Study 2015によれば,脳卒中は世界的に見ても全死因の第2位を占め,生命を取りとめても重篤な後遺症を残し,生涯にわたって患者のQOLを損なう疾患である.脳卒中患者全体の76%は初発者であることから,まずその1次予防が重要になる,本邦において脳卒中(脳血管疾患)は1960年代に日本人の死因の第1位を占めていたが,それ以降は減少し,2019年人口動態統計では,悪性新生物,心疾患,老衰に次いで第4位となっている.脳血管疾患全体の有病率はこの20年間で減少傾向であると言えるが,これらの背景には高血圧の治療・管理が進み,徐々にその効果が表れてきた結果と考えられる.世界の32か国の初発脳血管障害患者約13,447症例を解析したINTERSTROKE studyの結果から,世界のどの地域でも共通して,高血圧,糖尿病,飲酒,喫煙など10個の修正可能危険因子が脳卒中発症の90%に寄与していることが示された.その中で,高血圧は単一因子として最も寄与度が高く,50%に及ぶことが明らかになっている.本邦では,昨年2019年に日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン(JSH2019)が5年ぶりに改訂されたが,血圧値の新たな分類として,120/80 mmHg未満が「正常血圧」であると明記された.JSH2014までは「至適血圧」と位置づけされていた120/80 mmHg未満を明白に「正常」としたことは,これ以上の血圧高値で疾患発症リスクが高まるというエビデンスをより明瞭に示した結果である.また脳卒中再発予防のための管理目標もJSH2014では脳血管障害患者の降圧目標値は診察室および家庭血圧の目標値がそれぞれ,140/90 mmHg未満,135/85 mmHg未満(目安)であったのに対し,「両側頸動脈狭窄や脳主幹動脈閉塞なし」,あるいは,「両側頸動脈狭窄や脳主幹動脈閉塞あり,または未評価」で分類し,両側頸動脈狭窄や脳主幹動脈閉塞なしの脳血管障害患者の降圧目標値をそれぞれ,130/80 mmHg未満,125/75 mmHg未満へと,厳格な値へ変更した.2021年に発刊予定の脳卒中治療ガイドライン(日本脳卒中学会)と併せ,脳卒中診療のおける降圧治療を網羅的にまとめる機会が得られたことは大変有意義なことである.これまでエビデンスのなかった無症候性脳血管病変や,認知症との関連も含め執筆いただき,併せてお役に立てれば幸いである.
最後に本シリーズを企画いただいた鈴木則宏先生,執筆いただいた先生方に深く感謝申し上げたい.
2020年8月吉日
埼玉医科大学国際医療センター脳神経内科・脳卒中内科
高橋 愼一