プロローグ
本書をお手に取っていただき,誠にありがとうございます.本書は,私が今から18年前に開業し,その後医療法人化して分院展開を行い,現在まで16医院のクリニックを運営してきた経験を踏まえて僭越ながら執筆した,クリニック・医療法人に特化した経営書籍である.そのため,本書は,現在開業を検討されている勤務医や,既に開業されており本院の経営を成功されたい開業医,また今後分院展開を検討されている(既にされている)医療法人の理事長の先生方を主な読者ターゲットとしている.
私は,33歳の時に東京大学附属病院を退職し,今から18年前の2002年3月に東京都多摩市永山に本院「たかまつ耳鼻咽喉科クリニック」を開業した.開業当初は,来院患者数が毎日1桁と低迷し,不安な日々を送ることになった.しかし,折れそうになる気持ちをなんとか奮い立たし,日々の診療業務を丁寧にこなすことを心掛けたところ,患者数も徐々に増加し,現在では1日200人以上と地域で最も患者数の多いクリニックになることができた.
また,本院開業から2年半後の2004年8月に医療法人化し,大学の同級生2名を院長にして,分院展開を開始した.現在では,本院合わせて16医院を運営していることは前述の通りであるが,この裏には分院展開を行ってきた15年間で3医院を閉院するなど紆余曲折を経ている.また,閉院に至らなくても,分院長の交代を余儀なくされたり,常勤医師が突然退職してしまう等,大小合わせてさまざまな,数多くの失敗も経験した.これらは,未熟さ,幼稚さ故に失敗するリスクを考えず,様々な無謀とも思えるチャレンジをしてきた結果だ.
しかし,これらの失敗経験を重ねながらも,都度その失敗から学び,その学びを次に活かそうと努力してきたことで今日がある.また,これまでの失敗・成功経験を通じて,クリニックの開業や分院展開を成功させるための要因もおぼろげながら見出すことができるようになった.私よりも優秀な先生方には,私と同じ失敗を冒して欲しくないと考えていたところ,タイミングよく出版のお話をいただき,本書を執筆させていただくことになった.
本書では,私の成功体験を綴る成功者本ではなく,いわゆる「しくじり先生」として,私が数々の失敗から得た教訓を紹介する内容にすることを心掛けた.そこで,読者の先生方にも私のこれまでの失敗経験を疑似体験してもらいたく,第1章・第3章では,私の開業から分院展開を行うに至る実体験を紹介している.私がどのような失敗を経験し,その失敗から何を学んで乗り越えたかをよりリアルに感じてもらえれば幸いだ.
そして,これらの実体験に基づき,第2章では開業医適性診断という形で,私が成功する開業医に必要だと思う要素を紹介している.現在開業を検討されている勤務医の先生方は,ご自身でそもそも開業医の適性があるのかを自己分析する際に役立てて欲しい.また,開業するにしろ,分院展開をするにしろ,医療が「チームビジネス」である以上,常勤・外勤医師やスタッフ,さらには管理部の採用・育成が不可欠だ.ましてや,「医師の働き方改革」や「人材不足」が叫ばれて久しい現在では,医師・スタッフを問わず,優秀な人材の採用・育成は経営者にとって大きな経営課題となっている.そこで,第4章では医師・スタッフの採用・育成に特化し,当法人で行っている採用や人材育成のノウハウを紹介している.
さらに,現在は少子高齢化が進むとともに,人口減少社会も到来し,医療機関を取り巻く経営環境は日々厳しさを増している.そして,私の開業当時と異なり,現在は開業すれば誰でも儲かる時代ではなく,特色のない開業医は倒産してしまう時代に突入しつつある.このような厳しい経営環境下においても勝ち続けるためには,クリニック・医療法人として「独自性」を持つことが欠かせない.そこで,第5章では,当法人が現在行っている,「高度な医療サービスの提供」と「海外展開」という2つの独自性に向けた挑戦について記載した.すなわち,本書では,開業(第1章・第2章)から分院展開(第3章),そして人材採用・育成(第4章),さらには将来にわたって「独自性」を発揮して勝ち続けるための新たな挑戦(第5章)までと,私が開業してからこれまで経験してきた全てのエッセンスを網羅したつもりだ.
本書が,読者の先生方のクリニック開業や分院展開の成功に,少しでもお役に立てれば幸いだ.拙い文章で恐縮だが,最後までお付き合いいただきたい.
2020年8月吉日
医療法人社団翔和仁誠会 理事長
高 松 俊 輔