序文
エビデンスに基づこうと意図したとき,私たちは何を思考しているのだろうか
エビデンスという言葉は保健・医療分野のみならず,情報技術分野,あるいは金融業界など,ビジネス用語としても広く用いられています.とはいえ,生活レベルの会話において,エビデンスを語る機会は少ないように思います.日常生活はエビデンスに裏打ちされるような何かではなく,むしろ感情によって豊かさを享受しうる人の生そのものです.
エビデンスという言葉を口にするとき,私たちは何を考え,どんなことを期待し,そしてどんな判断や決断を下そうとしているのでしょうか.エビデンスが証拠という意味で使われる限りにおいて,そこには客観性や普遍性への関心,あるいは証憑性の担保という意図が垣間みえます.あるいは,人間の主観的な認識に基づく価値判断から脱却することで,科学的であろうとする態度と言っても良いかもしれません.
EBM(Evidence-Based Medicine)は臨床における医療者の行動スタイルですが,その関心が少なからずエビデンスに向いていることは否めないでしょう.「エビデンスに基づく」という思考は,人の感情や価値観という要素を希薄にさせてしまう印象があります.「エビデンスの押しつけ」というようなEBMに対する誤解がいまだ存在することは,こうした言葉の問題なのかもしれません.しかし,天気予報に示された降水確率の解釈が人によって異なるように,エビデンスに示されたデータの解釈もまた多様です.絶対的に正しいエビデンスの解釈が存在しないからこそ,人の感情や価値認識に寄り添えるのだと思います.
本書は,独立行政法人国立病院機構栃木医療センターの後期研修プログラムの中で,EBM学習の一環として,私が担当させていただいた研修会の内容を再構築したものです.2018年4月から2020年3月にかけて行われたレクチャー内容に基づき,エビデンス,すなわち臨床医学論文の実践的かつ効率的な読み方,そして論文結果を多面的に考察するために必要な視点について,講義形式でまとめました.
これまで臨床医学論文を全く読んだことがない方,統計や英語の読解に自信のない方でも容易に読み進められるよう配慮しています.また,すでにEBMを実践され,数多くの論文に触れている方にとっても,論文結果の解釈をめぐる議論は興味深く読んでいただけることでしょう.さらには,EBMに関する教育に携わっておられる方にも有益な示唆を得られるものと考えています.
栃木医療センターでの研修会は,これまで私が実践してきたEBMを見つめ直すきっかけになっただけでなく,参加してくださった先生方から多くの気づきを得る貴重な機会となりました.研修会の中で頂いた数多くの質問や意見は,本書の内容にも反映されています.このような機会をくださった栃木医療センターの内科医長,矢吹拓先生に改めて感謝を申し上げます.
2020年3月
青島周一
出版社からのコメント
「エビデンスを読む,エビデンスと向き合う」
青島周一先生が執筆された
『医療情報を見る、医療情報から見る エビデンスと向き合うための10のスキル』はこちら!
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