序
しびれ感は最もcommonな症状・訴えであり,主訴として脳神経内科・脳神経外科・整形外科さらには一般内科あるいは総合診療科を受診する患者はきわめて多い.しかし,しびれ感は,患者の訴えとして正確に把握することが困難であったり,身体部位によって原因が異なり多岐にわたることが多かったり,意外にアプローチに難渋することの多い症状である.
しびれ感は,感覚神経の陰性徴候としての「感覚低下」あるいは「感覚鈍麻」と,逆に自発的に異常感覚が発生する感覚神経の陽性徴候としての「異常感覚」がある.異常感覚には,感覚過敏(hyperesthesia),異常感覚(dysesthesia),錯感覚(paresthesia)などが含まれる.ただし,異常感覚(dysesthesia),錯感覚(paresthesia)については,現状では用法が一定せず,定義が確定していない.「日本神経学会用語集 改訂第3版(日本神経学会用語委員会 編)」においては,日本語の異常感覚および錯感覚と海外(英語圏)ではその逆のニュアンスで使用されていることから,dysesthesia,paresthesiaに対し異常感覚,錯感覚のいずれかを対応させることはしない,としている.症状が一般的であるが故に,その表現方法がむしろ複雑化しているという一例であろう.
本書では,しびれ感という訴えを正確に理解し,その部位による鑑別診断を整理して日常診療に役立つハンドブックとすることを目的とした.このような状況を踏まえ,しびれ感の全貌を俯瞰し理解していただくために,しびれ感の意味と意義,原因と病態,診断へのアプローチの仕方,疾患総論,発症の病態生理そしてしびれ感の評価法,そして,縦断的に主要疾患における特有のしびれ感,横断的に身体各部位におけるしびれ感について,それぞれ本領域の専門家に執筆していただいた.
本書により,読者の方々には,しびれ感という一見単純で実は複雑な訴えを正確に理解し,その出現身体部位における鑑別診断を行い,個々のしびれ感に適切に対応し,患者の苦痛を軽減しうるようになっていただけることを願ってやまない.また,脳神経内科専門医,脳神経外科専門医あるいは総合診療専門医の方々においても,しびれ感の多様性を再認識されることを期待したい.
2020年3月吉日
医療法人社団健育会 湘南慶育病院院長
慶應義塾大学名誉教授
鈴 木 則 宏