序文
日本のみならず,世界全体での糖尿病患者の増加はとどまることを知らない.最新の「国民健康・栄養調査」によると,糖尿病有病者(糖尿病が強く疑われる人)は1,000万人になった.一方,新しい可能性を秘めた新薬が糖尿病治療の現場に次々と登場し,糖尿病治療が“パラダイムシフト”しつつある.2009年のDPP-4阻害薬登場に続き,2014年にはSGLT2阻害薬が発売され,経口糖尿病薬の選択肢が増え,その処方が複雑化してきた.また,2000年以降に登場した超速効型インスリン製剤や持効型インスリン製剤がますます進化するとともに,2010年にはGLP-1受容体作動薬が登場し,注射薬の選択肢が増えるとともに,その処方が複雑化してきた.
これら,新薬に関わる話題は事欠かない.2015年のEMPA-REG OUTCOME試験に引き続き,2017年にはCANVAS programが発表され,糖尿病患者の動脈硬化性疾患・心不全,腎機能障害の治療に際して,SGLT2阻害薬が高く評価されるようになった.また,2016年以降,GLP-1受容体作動薬の心血管イベントに及ぼす影響を検討した大規模試験が複数報告され,注目されるようになった.従来,注射療法は毎日行う必要があるとされてきたが,最近のGLP-1受容体作動薬には週1回投与で毎日注射製剤と同等あるいは同等以上の効果が期待できるものが出てきた.
こうした新薬の登場のおかげで,糖尿病患者の血糖コントロールは全体としてみれば改善しているという報告がある一方,薬物療法だけでは十分な血糖コントロールが得られない場合もあり,そこに糖尿病治療の難しさがある.また,これだけ進化した薬物が市場にあっても,昔ながらの処方から脱却できていない事例も散見され,クリニカル・イナーシャと呼ばれている.ただ,薬剤の選択肢の急激な増加により,第一選択薬の選び方や既存薬との併用のタイミング,同じ薬理作用を持つ薬剤間での使い分けなど,多くの臨床上の疑問が生まれてきたことも事実である.
今回,一般内科医などの非糖尿病専門医を対象に,糖尿病患者の血糖管理を安全に行うための治療薬の使い方について解説する『血糖管理のための糖尿病治療薬活用マニュアル』の出版を企画し,各領域に造詣が深い先生方に御執筆いただいた.本書が糖尿病治療に携わっておられる皆様に広く役立つものとなることを願い,序とさせていただく.
2020年1月
横浜市立大学大学院医学研究科
分子内分泌・糖尿病内科学
寺内康夫