序
2018年の夏は,2010年の1,800人近くに上った熱中症を原因とする死亡者数に近い1,500人あまりが亡くなりました.その衝撃が大きいのは,1年を通して死亡した数ではなく,夏のほんの数カ月間でこの数に達したからなのです.
予防が可能なこの病気で,死亡者がこの数にまでなるのはいくつか原因があります.日本の夏そのものの暑さが毎年厳しくなり,地球温暖化の影響は熱中症弱者の代表である高齢者が住む部屋の温度を昼夜なく高温化することで,彼らの食欲を削ぎ脱水を進行させ,体力を奪って持病を悪化させたことで,病態的にも複雑な重症熱中症を引き起こし,その命をも脅かしているのです.高齢化以外にも,社会的孤立化,経済的貧困化の進行が,傷病者の発見を遅らせ,治療に結びつかず重症化につながっているのです.
それを食い止めるべく,この度,本邦初 の「熱中症」ポケットマニュアルを上梓いたしました.
最初に一気に熱中症に関する注意事項をリスト形式で並べ,それらをチェックすることで重要事項がカバーできるようにまとめたポケットマニュアルです.
前半部分には,“いろいろな現場”ですぐに役立つ熱中症に関する基本的な知識や重要事項,知っておかねばならないポイントを,イベントや部活動,課外活動の準備の間に,そして炎天下の現場ですぐに配布して,皆で情報共有できるようなチェックリストにしてカラー版で用意しました.それぞれのシチュエーションに応じて使いこなせるよう,何処で,誰が,どういう対象に対して使用するのかを一目でわかるようイラストで示してあります.そして,1枚1枚のチェックリストには,後半部分にそれに対応した解説が数ページにわたり掲載されているので,チェックリストを使い終わった後に復習したり,次に使う前に予習して,自分でも納得いく説明ができるようになれるはずです.
このチェックリストを使う人は,むしろ専門医ではない医師や看護師から,現場で実際に熱中症対策を明日から,いや今日これから始めなければいけないイベントを主催する行政や民間団体の安全対策責任者,運動会の開催責任者,体育系クラブや部活動の指導者,仕事場の現場監督,高齢者施設や介護支援施設のリーダーなどが対象です.ですから,なるべくわかりやすい解説で短時間に読み終えるよう,重要点を中心にまとめて記載しています.
本書が,手に取ったその日から早速役に立って,たくさんの熱中症リスクのある方々が無事に暑い夏を過ごされることを祈念しております.
帝京大学医学部附属病院高度救命救急センター/帝京大学医学部救急医学講座
三宅康史
本書の使い方
前半
箇条書きで分かりやすく区分けされたカラー刷りのチェックリストが17あり,概要,予防・診断・応急処置・治療,そして予後予測などに利用できることはもちろんのこと,事前の体調チェックや野外活動の中止基準なども丁寧に記載しているので,医療従事者だけでなく,介護施設の職員,マスコミ関係者,スポーツコーチや工事の現場監督といった職種の方々が活用できます.色々な視点から作られたチェックリストなので,マニュアル,アルゴリズム,アクションカードとしても使えます.現場の皆さんで広く共有してください.
それぞれ使用する場面が想起しやすいよう,誰が,どのような状況で,誰のために使用するかを一目でわかる右上に提示.
チェックリストを使う利点も提示しています
後半
マスコミ関係者など医療従事者でない方々から,熱中症症例を診察する可能性のある医療者まで,チェックリストの根拠や熱中症の疫学,メカニズムなどを学べる解説パート .
付録
日本語,英語,中国語,韓国語の4カ国語で,日本滞在中の熱中症に対する注意事項を箇条書きにして左ページに6つ,右ページには熱中症にかかった場合の応急処置の方法と医療機関への搬送基準をアルゴリズムで示しています.
対象
救急医・一般内科医・校医・介護福祉関係スタッフ・小学校〜高校体育教師・サッカーなどスポーツコーチ・イベント開催安全管理担当者,職場の現場監督,など