巻頭言
本書は,株式会社ケアネット(http://www.carenet.com)にて2018年8月から月2回のペースで提供しているWEB連載『Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター』(通称:“ドキ心”)の初回から第11回までの内容を加筆修正し章末クイズとコラムを付加したものです.書籍版のタイトルは『心電図の読み“型”教えます! Season 1』としました.
“ドキ心”企画は,2018年の初夏,ケアネットの風間浩編集長と京都ホテルオークラでお会いしたことに端を発します.慣れ親しんだ東京浅草に両親を残し,京都にやって来て5年,言うに言われぬ“壁”にもぶつかりながらも,自分にしかできない“何か”を渇望していた時期でもありました.当初あったのは,「広い視点で,より多くの医療関係者を対象にオリジナルの心電図レクチャーを行う」という漠然とした構想だけ.
それなりの自信がなかったわけではありません.既に世に送り出した著作たちへの反響を肌で感じていたから.また,“杉山ライブラリー”と自称する,数千にも及ぶ心電図たちが,単に一人の循環器医のコレクションで終わるのを拒んでいるように常々感じていた背景もありましょうか.おこがましいけれど,これらを使って自分なりの情報発信をすることで,日本の医学教育,特に心電図分野に革命を起こせないか…“若気の至り”はボクに錯覚させ,また新しい大きな夢を抱かせました.
一度思い立ったら,誰に何を言われようと,すぐ実行するのがボク流.間髪入れずに風間氏と先斗町の“川床”で再会し,原稿サンプルも交えて企画を煮詰めました.折しも,京都は記録的豪雨で鴨川の水位が氾濫レベル近くになっていた,その日だと記憶しています.
7月に某学会で東京を訪れた際,ケアネット編集担当の金沢氏,土井氏と出会いました.好きな車の話もしましたが,連載の骨子を協議し,スピーディに事を進めて8月末から“ドキ心”を開講したのです.
同連載を始める前から,こうした書籍化も念頭に置いていました.ケアネットに限らず,医療関係のネット記事では“本業”に疲れた医師が,息抜きに楽しむライトな内容の文章が主流です.そこにあえて“逆行”してみたくなるのがボクの悪癖の一つでもありますが,しっかり読み応えのある内容・ボリュームとしたのも,出版を強く意識したのが真の理由です.
インターネットの普及に伴い,一つ一つの情報の“賞味期限”は極端に短くなっています.価値あるものも,そうでないものも,すぐに全部まとめて“洪水”に飲み込まれて姿を消していきます.それゆえ,せっかく魂を削るようにして仕上げたWEBセミナーの内容も,最終的に書籍にすることで,はじめて多くの方々の利益に供する情報に昇華するものと考えています.
前置きが長くなりましたが,ここ数冊の出版過程で得た大事な“収穫”の一つは,「巻頭言」や「推薦のことば」まで完全にセルフプロデュースすること.テレビで“映画解説”が最初にあると本編が見やすいですが,「本書の読み方」を兼ねて自分自身でコメントしてしまおうという図々しい企てです(笑).
ボクが最も伝えたいのは珠玉の「系統的な心電図判読法」.毎回小テーマを設定して,そのレクチャーの過程でDr.ヒロ流の心電図の読みと所見の考え方を紹介しています.
Ch.1では本書の“肝”と考える「心電図の読み“型”」を述べました.「読み方」でなく「読み“型”」としたのは,単純な言葉遊びでなく,ボクの切なる願いの“具現化”のつもりです.
『心電図のはじめかた』(中外医学社,2017年)で初めて披露し,医学生や研修医・レジデントの先生への講義でも用いている“呪文”を微修正しました.
『レーサーがピッタリ クルッとスタート,バランスよし!』
…何度見ても素敵な感じ.語呂が決まってます.自画自賛かなぁ(笑).
もちろん,形式は何でもいいんです.ただ,心電図所見を漏れなく指摘できるのであればね.
心電図の読み方,活かし方の“根幹”となるメソッドを示したことが,個人的には最も大きな“功績”だと思っています.
次にCh.2.“サイナス(リズム)”などとつい簡単に口走ってしまいますが,何がどうなら「洞調律」と言えるのか.心電図を読む上で最も基本的かつ重要な点です.P波の「向き」に着目した“イチニエフの法則”という,どこかロシア人風の名前に聞こえるルールを用いて明快に示しました.
Ch.3は「心拍数の求め方」.よく知られた“300の法則”をもとに,ちょっとした細工を施した“はさみうち等分足し引き法”を紹介しています.しかし皆さんは,R-R間隔が不整でも対応できる“検脈法”の簡便さ・すごさに驚かれるでしょう.これらのユニークな“〜法”は,Dr.ヒロ特製,というか“専売特許”です(笑).
Ch.4では,非専門医でも知っておいて欲しい不整脈として「心房細動」を取り上げています.ボクが言うところの“レーサー(R3)・チェック”で,1.R-R間隔,2.Rate(心拍数),3.Rhythm(洞調律)の3項目を意識するだけで,典型例はいとも簡単に診断できるようになるでしょう.
Ch.5,Ch.6で取り上げたのは,電極のつけ間違えの話題.なかでも最も多い右手,左手の肢誘導電極を逆につけてしまうミスを扱います.各種試験問題でも頻出の内容で,実際の現場でも散見されますが,正しく指摘できている人は意外に少ない印象があります.クイズ的に“はい,どうでしょう?”と聞かれるのではなくて,いつ来るやも知れない状況で自ら指摘できるようになるのには,一定の能力が必要です.どうやって想起し,何を確認することで確定するのかを授けましょう.理屈はほどほどに,I誘導やaVR誘導のQRS波の向き,さらには「側壁梗塞」という自動診断を見たら「左右電極のつけ間違い」を疑うというのは,他の書籍であまり強調されていない点だと思います.
Ch.7の話題は,心房細動の心拍数.Ch.3とCh.4にも関連します.R-R間隔の絶対不整が特徴的な心房細動ですが,“検脈法”にて心拍数を概算し,その数値から「心室応答」の区分に当てはめる流れを学びます.心電図のプレゼンなどでも使える明快な表現法ですよ.
Ch.8〜10は「QRS電気軸」がメイン・テーマ.ナースや若手医師などへの勉強会でも,これを苦手に感じる方が一定数いることは以前から気になっていました.
まず,Ch.8.「電気軸」という言葉に漂うベクトルや座標など数学的な“香り”で毛嫌いされることを案じて,ボクは「QRS波の“向き”」という言葉の転換を行いました.きめ細やかな読みの観点から外すことのできないQRS電気軸ですが,その言葉は伏せてQRS波の「向き」をチェックする─しかもI誘導とII誘導(ないしaVF誘導)だけ─.全員ではないにせよ,こうすることで救われる人がきっといるはずです.それと概念をあえてボンヤリ紹介することで,とにかく忌避感を除去したいという狙いもあるんです.
Ch.9とCh.10では,より具体的にQRS電気軸を数値(角度)で求める方法について解説しています.キーワードは“ゲーム・遊び感覚”.携帯やパソコンなど,インターネット・ゲームで遊ぶのと全く同じとは言いませんが,とにかく“楽しく”学ぶに越したことはありませんよね? まず紹介したのは“トントン法”.心室興奮が進んで行くのに直交する方向から観察する誘導(“トントン・ポイント:TP”)を探すところに,皆さんの探究心が刺激されるといいな(Ch.9).かつてのボクも一時期“夢中”になりました(笑).
そして,一見してTPの見当たらないケースでも,Dr.ヒロが独自に開発した“トントン法Neo”なら無問題(Ch.10).実際に心電計が計測するのと近いやり方で,自分で求めた「何度(゜)」という数値が,自動計測値に近接していたときの喜びは,心電図の勉強を続ける大きなモチベーションになるでしょう.
そして,最後のCh.11では,改めて心電図を見る上での系統的判読の重要性,先入観や疾患の決め打ちの怖さを扱いました.“星の王子さま”の下りは,いつか使おうと温めていたフレーズで,本書の最後を飾るにふさわしいメッセージだと思っています.
なお,付録として各章2〜3個の章末クイズを用意しました.これも全て“杉山ライブラリー”から作問しており,学んだことをすぐ別の症例で確認できるよう意図していますので,是非ご利用下さい.
最後に,“ドキ心”プロジェクト,そして『心電図の読み“型”教えます! Season 1』の書籍化にあたってお世話になった方々へ謝意を送りたいと思います.
読者目線での丁寧な編集・校正から毎回のアップロードまで何度となくやり取りを担当してくれたケアネットの土井舞子女史なくしては,“ドキ心”連載は成立し得なかったでしょう.自分だけで時間をかけ苦労して推敲した過去の文章よりも“ドキ心”が良質なものになっているのは彼女のおかげです.
また,中外医学社には今回も出版のことで多大にお世話になりました.企画部の鈴木真美子女史は,東京時代から数えて今回まで計4冊,すべての書籍を企画・プロデュースしてくれています.また,編集部の中畑謙氏も前作『心電図のはじめかた』における作業に感動し,当方から指名して作業協力いただきました.ボクは“作品作り”に関して,自分が納得するまで一切妥協しないぞという意志は誰よりも強いつもりです.それゆえ時に無理難題,今回も過剰な要望をしてしまったかもしれないのは反省点です.ただ,驚いたことに,両氏はボクの期待をはるかに越えるレベルの応対をしてくれました.レイアウトや校正,表紙その他にわたるまで短期間で質の高い内容に仕上げてくれました.ボクの提出した最終原稿は,2019年1月21日公開のもの.それにも関わらず,2018年12月に書籍化が決まってから,3月の日本循環器学会の学術総会までに間に合うよう不断の努力をいただき,それが見事結実いたしました.
さらに,特別なクレジットはしていませんが,京都大学循環器内科の小笹寧子先生には,本書でもお世話になっています.今回はなかったのですが,今後“ドキ心”の連載や次回作などで小笹先生にご登場いただく機会があれば嬉しいと思っています.小笹先生は心臓リハビリテーションや心不全という,ボクとは異なる観点で心臓病患者さんを診ておられますが,心電図の重要性に関して日々感じておられるという点では,勝手に“同志”だと思っています.京都,いや全国的に見ても,こうした取り組みの相談ができる,数少ない逸材です.
また,プライベートな時間を大きくこうした執筆業に割くことができたのは,ひとえに協力的な家族のおかげでもあります.医師の世界では,様々な理由から全ての人がそうでないことは残念ですが,ボクの存在,活動,そして作品を肯定的にとらえ,支え励ましてくれる家族や関係者には,最大限の感謝の気持ちを表します.ふだん素直に御礼が言えずにすみません.
今後も,いろいろな“逆境”に負けず,良い講義・講演,そして連載や書籍の仕事を続けていきたいと思います.そんなエネルギーあふれる人間に育ててくれた東京の両親にも感謝,カンシャです!
2019年3月 春の芽吹きを待つ京都北山より
杉山裕章