第3版 改訂にあたって
「脳梗塞診療読本」の初版を上梓してから,5年を過ぎました.姉妹本の「脳出血・くも膜下出血診療読本」とともに,多くの読者にご愛用いただき,深く感謝申し上げます.若手や非専門家の方から,入門書として役に立ったと感想をいただくことが,殊更嬉しく思えます.
初版の序文に,脳梗塞治療にtouchableになったと書きましたが,5年の流れはそんなちっぽけな感傷を大きく乗り越え,今や脳梗塞を治すのは当たり前で,より良く治すためのシステム論も盛んになりました.そして今日さきほど,宿願の「脳卒中・循環器病対策基本法」(健康寿命の延伸等を図るための脳卒中,心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法)が公布され,新時代の到来を見る思いです.私自身も,流れに乗り遅れないように懸命に勉強しています.
5年間を振り返ると,超急性期脳血栓回収が瞬く間に標準治療となり,新たなエビデンスを着実に積み上げて治療件数を延ばしてきました.静注血栓溶解も発症時不明の患者への有用性が見え,ちょうど適正治療指針の改訂作業中です.直接作用型経口抗凝固薬はワルファリンを凌駕し,急性期抗血小板薬併用も定着しました.さらに多くの新薬,新医療機器,新技術.短期間での進歩は,枚挙に遑がありません.とはいえ,過半数の患者さんはまだ相当の後遺障害を残し,私たちは謙虚に脳梗塞制圧を目指し続ける必要があります.
今回の改訂が時機を得たものかは,良く分かりません.本編の執筆作業中にも新たなエビデンスが続出し,発刊と同時にすぐに古びてしまうかもしれません.それほどにこの領域の発展が早いことを,痛感します.前回も書きましたが,本書が読者の皆様への手軽で信頼される羅針盤であり続ければと願い,上梓させていただきます.
改訂にあたって分担執筆者の先生方および中外医学社編集部の皆様に,多大なご尽力をいただきましたことを,深く御礼申し上げます.
平成30年12月14日 〜夜半の雪を待ちながら〜
国立循環器病研究センター 副院長
豊田一則
序 〜脳卒中に手が届いた〜
昭和の終わりに医者になり,平成の初年に国循で脳卒中医療を学ぶため大阪へ移った.
なかなか治せなかった.いつの日にかと夢見たが,現実は手強かった.
平成と同じ年だけ脳卒中と向き合い,ここに来て進歩を実感する.見えなかった病変が写るようになり,動かなかった血栓が溶けるようになった.
何度目かの静注血栓溶解の成功を体験したときに,touchable!(やっと手が届いたぞ)と思った.この治療は間違いなく,全国に根付くと.
でもまだ少し触っただけ.もっとしっかりと,抱きつくほどにこの病気を掴まなければ.解決すべき課題は,山積している.
本書は,近年中外医学社から上梓された「SCUルールブック」,「脳卒中レジデントマニュアル」の上級編を意識して,作られた.先行する2書が脳卒中・神経領域の修練医,研修医の皆さんを主たる読者と考えて編まれたのに対して,本書ではビギナーを含めて現場の最前線で働く脳卒中チームの方々の実践書となるよう,最新の情報をより詳しく収載した.同時に,専門領域以外の方にもわかりやすく読んでいただけるよう,図表を多く採り入れるなど工夫した.脳卒中全般を網羅したかったが,近年の新知見の集積が著しく,予定された厚さではとても収まらなかったので,今回は脳卒中の中でもとくに頻度の高い脳梗塞,そしてその治療に焦点を絞った.全国に数多おられる専門の先生方の中から,今回は編者と同い歳,同期生を中心に,さらにより若手の現場指揮官の方々に執筆をお願いした.平成の同じ景色を見てきた方に書いていただこうという,編者の些細なこだわりではあるのだが.
発刊にあたって分担執筆者の先生方および中外医学社編集部の皆様に,多大なご尽力をいただきましたことを,深く御礼申し上げます.
脳卒中医学の優れた解説書が多く存在する中で,本書を手にされた読者の方々が,なるほどと得心して読み進めてくださるような,そして本書から得た知識が日々の診療や研究活動に少しでもお役に立つような,きらりと光る一冊になればと,願うばかりです.
平成26年2月
国立循環器病研究センター 脳血管内科
豊田一則
改訂にあたって
本書の初版を上梓して1年後の2015年春に,中外医学社編集部から善いニュースが届きました.年内には初版が底を突きそうだとのこと.読者の皆様の関心の高さに喜びました.全面改定を行うには時機が早いと思いましたが,ちょうど脳梗塞診療の大きな転換点となった2015年に当たるので,分担執筆者の先生方にご判断をお願いして,大幅ないし小幅な修正を行っていただきました.
2015年とはどのような年であったか? 元日のNew England Journal of Medicine誌に,超急性期脳血栓回収治療の成功を告げるMR CLEAN試験が掲載されたのを皮切りに,年の前半に多くの同種試験の結果がNEJM誌上を飾りました.いずれも目を瞠る好成績でした.それを受けて,年の後半にはこれらの比較研究やサブ解析結果などが発表され,多くの学術誌に脳梗塞治療新時代を踏まえた特集記事や提言が掲載されました.国内では6年ぶりに脳卒中治療ガイドラインが改訂されましたが,今回の新たな治療のうねりをガイドラインに網羅するには間に合わず,本体と別に「経皮経管的脳血栓回収機器 適正使用指針 第2版」が刊行されるなど,脳梗塞治療の指針が大きく動いた年でした.このような変革の年に,本書改訂に向けての作業を進めることができたのは,幸運に思えます.
改訂にあたって分担執筆者の先生方および中外医学社編集部の皆様に,多大なご尽力をいただきましたことを,深く御礼申し上げます.
大きく変容しつつある脳梗塞診療について,本書が読者の方々への手軽で信頼される羅針盤になればと,願うばかりです.
平成28年3月
国立循環器病研究センター 脳血管内科
豊田一則