序 文
本書は,広南病院血管内脳神経外科部長の松本康史先生が第34回NPO法人日本脳血管内治療学会学術総会を主催するにあたり企画されました.
一般財団法人広南会広南病院は仙台市の南のはずれに位置し,約150床程度で脳脊髄疾患を専門とする小さな病院であります.現在の使用している屋舎は1985(昭和60)年に建設されたもので,東日本大震災による倒壊は免れたものの,壁には所々にひび割れやこすり傷が散見されます.長雨の季節には雨漏りに備えて廊下にはバケツと雑巾が準備されます.2台設置されているエレベータは医療スタッフ,患者さん(緊急搬送を含む),患者家族,医療機材,患者さんの病院食などが共用するので,日中はいつもごった返しています.おまけに2018年10月現在,いまだに紙カルテを使用し,検査をオーダーするには医師が各種伝票用紙に必要事項を記入し提出しなければなりません.
一方,広南病院では2台のフラットパネル型バイプレーン血管撮影装置を駆使して年間約1000件の診断脳血管撮影と約350件の脳血管内治療を行っています.もちろん「数」がすべてではありませんが,合併症を最小限にすることで医療スタッフの疲弊を減らし,要求に応えうる結果を出すことで患者さんや関連病院から信頼を頂き,academic outputを追求することで専門医育成施設として東北大学脳神経外科教室からの全面的なバックアップを頂いて得られた結果という側面もあるかと思います.
本書は,このような昭和の雰囲気漂う広南病院で,諸先輩が築かれた歴史を継承すべく奮闘した血管内治療経験をまとめた解説書であります.疾患ごとに章を設け,各章は手術所見を中心とした症例報告形式として臨場感を意識しました.日進月歩の脳血管内治療に対応するため,できるだけ最新の治療症例を厳選しました.各疾患の背景や治療概念などは文献的考察という形でまとめ,教科書としての普遍性を追求しました.さらに広南病院とゆかりのある先輩先生には,広南病院在籍当時の脳血管内治療との関わりをコラムとしてご執筆頂きました.ご多忙の中,快くご執筆くださいました著者の先生方には,この場を借りて心から感謝申し上げます.読者の皆様には黎明期の血管内治療の雰囲気,特に脳神経外科チームとの絡みをコラムから感じて頂ければ幸いです.
脳血管内治療に興味がある,あるいはこれから始める先生の教科書として,自施設で血管内治療を本格的に展開,発展なさろうとする先生のノウハウ本として,または血管内治療を専門となさる先生の御知識のアップデートに本書の一部でもご利用頂ければ,編集担当としてこの上ない喜びです.
2018年10月
広南病院血管内脳神経外科副部長
佐藤健一
推薦文
この度,中外医学社から「脳血管内治療ケーススタディ 広南流20の戦略」が出版されるはこびとなり,大変嬉しく思います.
「広南」の名を知っている先生は,今はもう全国的には脳外科医の少数派かもしれない.しかしながら,かつても今も,広南病院は脳血管障害の診療に関する限り日本に冠たる施設の一つであると自負している.1964年9月1日にこの病院で鈴木二郎先生,高久晃先生,堀重昭先生が脳神経外科の診療を開始して以来,東北大学脳神経外科の本体あるいは中心的基幹施設として,半世紀以上にわたって蓄えてきた施設としての経験(institutional experience)には計り知れないものがある.ありとあらゆる脳血管障害を経験してきた施設であると言っても過言ではない.チーム医療が喧伝されるずっと以前から,脳卒中外科医,血管内治療医,脳卒中内科医,加えて神経麻酔医も,それぞれが一同に会して,毎朝症例毎に診断,病態,治療を検討し,時には激論を飛ばしながら研鑽を積んでいる.そのような環境の中から,本書で執筆している現役の教授に加えて,多くの教育者が巣立っていった.
小生も,新人の頃に加え,2003年に教授として大学に移るまでの6年間,脳卒中外科の担当者,責任者として広南病院に勤務した.多い時には1日で3件のクリッピングを直列でやった時代である.傍らでは,鈴木二郎先生の時代から始まった血管内治療が連綿として,試行錯誤しながら症例を重ねていた.血管内治療の黎明期には,多くの合併症を主治医として経験し,忸怩たる思いもあった.コイル塞栓が導入された頃には,開頭手術の適応にならない重症クモ膜下出血が血管内治療にまわり,塞栓後死亡例は減るものの寝たきりや植物状態の患者が増え,こんなものかと思っていた.しかしその後コイル塞栓術は洗練され,瞬く間に適応も広がり成績も向上していった.そして広南時代のある朝,ICUに行くと見知らぬ高齢患者がベッド上で食事をとっている.聞けば,昨日入院したクモ膜下出血患者で昨夜塞栓術をしたという.血管内治療の低侵襲性に感じ入った次第である.10年前から,広南病院あるいは東北大学の基幹病院ではcoil firstに切り替えた.時代の趨勢もあるが,何より血管内治療の成熟と信頼によるものである.
本書では,松本康史先生,佐藤健一先生以下,広南病院で学んだ先生方が,症例を提示しながら「広南流」治療,戦略について述べている.実践的な記述が多く,これから血管内治療を学ぶ先生,現在血管内治療を学んでいる先生の教科書に,また練達の先生にも読み物として推薦する次第である.
写真は,1990年,旧広南病院が解体された際の梁から作られたこけしである.いつもより微笑んでいるようにも思う.
2018年11月
東北大学大学院神経外科学分野教授
冨永悌二
発刊にあたって
脳動脈瘤や頚部頚動脈狭窄などは脳外科医と脳血管内治療医が共通で扱う疾患であるが,脳外科医と脳血管内治療医では考え方や方針が異なる.極端な場合には,お互いの治療成績を批判的に評価しあい,「患者を救う」という共通の目的に向かっているはずなのに確執が生まれることすらある.その点で私は幸運であった.私が広南病院に赴任したのは2003年4月であり,その僅か半年後には医長となり,脳血管内治療の責任者となった.最善の治療方針,そして最高の結果を常に要求される広南病院において,最良の脳外科医である冨永梯二先生と清水宏明先生を相方として症例に立ち向かう日々が始まったのである.万全の準備をして臨んだはずのカンファランスでは,謙遜などではなく,自分の無能力を思い知らされて意気消沈するのが常であった.昼休みには病院の屋上に仰向けに寝ころがって,タバコをくわえながら空を見ていたことが思い出される.最良の脳外科医の眼鏡にかなうよう,積み重ねてきた症例は私の宝となった.困難な症例に直面する時,過去の症例から得られた経験・知識は私に力を与えてくれる.
「愚者は経験に学び,賢者は歴史に学ぶ」という,初代ドイツ帝国宰相であるビスマルクの言葉がある.愚者は自分の経験からしか学べないが,賢者は失敗を避ける為に他人の経験からも学べるという意味である.『脳血管内治療ケーススタディ 広南流20の戦略(仮)』はまさに我々の経験のエッセンスである.私の右腕である佐藤健一先生が症例選択など中心的な役割を担い,広南病院血管内脳神経外科で私と共に症例に向きあった可愛い後輩達が分担執筆してくれた.読者諸氏が症例に向き合う時,本書のページをめくって頂き,我々の経験から何かを感じていただけるならば,この上ない幸いである.
2018年10月
広南病院 血管内脳神経外科部長
松本康史