序
胎児発育不全(fetal growth restriction)は,周産期医療における最も重要な問題の一つである.周産期死亡の原因として重要であるのみでなく,低身長,注意欠如・多動症,自閉症スペクトラム,学習障害などの発達障害,また成人となった後に糖尿病,高血圧,脂質異常症などのメタボリック症候群にも罹患しやすいとされている.さらに,わが国は,先進諸国の中で唯一,平均出生体重が減少している国であり,過去20年で約200g減少をみている.このように,現代の医療として重要な話題であるにもかかわらず,これまでわが国では,胎児発育不全をテーマとしたまとまった書籍は出版されてこなかった.
そこで今回,われわれは,現時点における胎児発育不全をめぐる問題を網羅的にレビューし,一冊の本とした.それぞれの項目は,第一線で臨床,研究に当たっている医師にお願いした.
第I章は,胎児発育不全の定義と,新生児期,乳幼児期,さらに成人にまでにわたる医療上の問題点について解説した.
第II章は,多種類にわたる病因・病態の最新の説が述べられている.胎盤形成,胎児病,母体疾患などとの関連,胎児発育不全の動物モデル,さらに胎児発育不全に特有の胎盤病理所見が述べられている.
第III章は,実臨床における管理方法についてアップデートな解説をした.各国,各地域で様々なガイドラインが作成されているが,コンセンサスが少ない印象がある.産婦人科診療ガイドライン産科編においても,明確な記載が比較的少ない.ここでは,体重曲線がわが国で2つある理由,胎児発育不全の妊娠初期からの予測法,胎児健康度の評価方法,妊娠のターミネーションの基準,分娩方法として経腟か帝王切開のどちらを選ぶべきか,新生児の管理方法について述べられている.
第IV章は,新しい分野である.昨今,アスピリンをはじめ,予防法と治療法に関する研究が多く報告されるようになった.ホスホジエステラーゼ5阻害薬,スタチンやメトホルミンなどの臨床研究が開始され,胎児発育不全を子宮内で治療する方法が現実のものとなろうとしている.まさにパラダイムシフトが起こりつつある.
以上のように,本書では,周産期医療の中で最も注目されている胎児発育不全についての最新情報をまとめ,エビデンスのある解説を試みた.わが国の周産期医療の発展のための試金石となれば幸いである.
2018年6月
編者一同